お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。


「伯爵も伯爵です。俺に内緒にして後見人を引き受けるなんてひどいじゃないですか。しかも今日……大事な夜会だってことはわかってるでしょうに」

「わかってますとも。だがね、アイザック殿。愚息ではあるが、ケネスは私にとってはかわいい息子でね。ケネスに必死に頭を下げられると弱いんです。殿下も人の子になればわかりますよ」

「この親バ……」

思わず吐き出しそうになった暴言を、なんとか抑え込む。
緩やかな笑みを浮かべたままの伯爵は絶対におもしろがっているのだ。穏やかで領民に好かれるイートン伯爵が実は結構な狸おやじだということは、幼少期からわかっていることではないか。
おずおずと恐縮した様子でロザリーが近づいてきた。

「ごめんなさい。ザック様。でも心配だったんです。どうしてもどうしても顔が見たかったんです。怒るなら私を怒ってくださいっ」

ふわふわの髪が、彼女のお辞儀とともに揺れる。
それだけで、ザックの胸は普段とは違う動きをする。会えて嬉しい気持ちと、怒りたい気持ちとが両天秤で揺れている。そこに、触れたいという思いが、天秤の外から力を加えてきて、まともに測ることさえできない。
本当は怒鳴って「アイビーヒルに帰れ」と言うのが正しいのだと、ザックは頭で分かっている。
だが、見上げてくる潤んだ瞳を見ていると、どうしても力が抜ける。それどころが、自分の心がホッとしているのが分かるのだ。
あんな風に言っては見たが、彼女が傍にいるだけで癒されるのは事実だ。ケネスには言いたくないけれど。