やがて一曲目が終わると、この場にいる唯一の王族ということでザックのもとに挨拶の列ができる。
大抵は父親の身分順であり、わりに早い段階でイートン伯爵は彼女を連れてザックの側へとやって来た。

「アイザック王子。我が家でお預かりしているロザリンド・ルイス男爵令嬢です。以後お見知りおきを」

イートン伯爵に紹介され、ザックは型通りに「可愛らしい令嬢ですね。はじめまして。アイザック・ボールドウィンです。以後よろしく」と挨拶をする。
これで初めて、ロザリーが口を開くことを許されるのだ。

「お目にかかれて嬉しく思います。ロザリンド・ルイスと申します。アイザック様におかれましては……」

震えていたロザリーの声が、やがて止まった。ザックは焦って彼女をのぞきこむと、その大きな瞳からポロリポロリと涙を落としている。

「え、あ。おい……」

ザックは思わず放心して、彼女に手を伸ばそうとする。

隣にいたイートン伯爵が気付き、彼女の背中に手をやる。

「ロザリンド嬢。どうした? ……どうやら緊張して感極まってしまったようです。申し訳ない、ザック様。またあとで」

声を出さずに泣きながらうなずくロザリーを連れて行くイートン伯爵。その後を追うように、ケネスが大広間から出て行った。
続いてあいさつにやって来た令嬢と対面しながらも、ザックはその令嬢の名前も顔も何ひとつ覚えられなかった。ただ、先ほどのロザリーの泣き顔が、頭から離れなかったのだ。