「……分かった。読んでいい」
「じゃあ、失礼して」
とはいえ、レイモンドに失恋したチェルシーが、彼らの恋文を読むのは辛いはずだ。
心配になりながら、ロザリーは脇からのぞき込む。
「なにこれ……『別の縁談が決まったので、アイビーヒルには戻れません』ですって? さんざん人のこと振り回しておいてどういうこと?」
チェルシーの声音には、怒りがこもっていた。当たり前だ。チェルシーは七年もの片思いの相手を、オードリーに奪われたのだから。
でも、ロザリーにはオードリーがそんなことを言うなんて思えなかった。
結婚して夫を愛そうと努力してきたのに、レイモンドを忘れることができなかったオードリーの恋心は、そんなに簡単なものではなかったはずだ。
「ちょっとすみません」
ロザリーは便箋に鼻を押し付けるようにして、手紙の匂いを嗅ぐ。
前世の犬の記憶とともに取り戻した嗅ぎわけの能力は健在だ。ロザリーが“失せもの捜しの令嬢”と噂されるのもすべてこの能力のおかげでもある。
紙のにおいとインクのにおい。誰かの体臭はついているが、オードリーのものではない。それに、この手紙にはクリスの匂いが全くついていない。
(なんか、……人の体臭が多すぎる)
いずれもロザリーが今まで嗅いだことのないにおいだ。少なくとも三人分。書き手である人物のにおいは均等についているが、残る二人分は、便箋の左右中央にのみ濃くついている。おそらく、内容を確認しただけなのだろう。