「君が見かけによらずこらえ性が無いのが分かってるんじゃない? さすがカイラ様じゃないか」

「俺のどこがこらえ性が無いんだよ」

「はっきり結婚したいとか言っちゃうところじゃないですか? たまに無駄にスキンシップ多めだったりするじゃないですか」

レイモンドにもそう言われ、さり気に落ち込むザックだ。

「さあ、そろそろ出ないと夜までにたどり着けないかもしれない。行こうか」

イートン伯爵領アイビーヒルまでは馬車で六時間。乗合馬車を使えば一泊二日の旅になる。しかし今回はイートン伯爵が馬車を貸してくれるため、一日移動だ。

「ロザリーちゃん、手紙書くね!」

「はい。レイモンドさん、オードリーさんもお元気で。ご主人……お父様にもよろしくお伝えください」

懐かしいご主人を思い出して、ロザリーは笑った。
リルだったときの記憶。もうすでに遠い記憶になりつつあるが、それが無ければ、きっとレイモンドともザックとも出会えなかった。
ロザリーをここまで連れてきたその記憶に、今は感謝している。

「じゃあ名残惜しいけど、行こうか」

レイモンドが片手に荷物、もう片手にクリスを抱き上げる。それを見上げるオードリーはとても幸せそうだ。

だが、屋敷を出ようとしたそのとき、突然玄関で執事と誰かが言い合う声が聞こえてきた。

「何事だい?」

「ケネス坊ちゃま。実は」

「こちらにアイザック王子がお越しですね」

そこにいたのは、市街警備隊だ。
よくよく見れば、庭にずらりと並んでいる。ザックが乗ってきた馬車の御者は、馬車から下ろされて、警備兵の脇で小さくなっていた。