その日、ロザリーはイートン伯爵家を訪れていた。
レイモンドとオードリーがついにオルコット子爵から結婚の許可をもらい、クリスを連れてアイビーヒルへと帰るという報告を聞き、見送りに来たのだ。

「本当に行ってしまうのか、レイモンド」

彼を惜しむのは主に厨房の面々だ。

「短い間でしたがお世話になりました」

「いつだって、戻ってきていいんだぞ。何なら王都で店をだしゃいいんじゃないか。娘さんだって、ここの方がいい学校に行けるじゃないか」

オードリーとクリスは、三日前からイートン伯爵邸で世話になっているらしい。
家を出ることを決めた今、子爵家にいつまでも世話になるわけにはいかないと、レイモンドと揃って挨拶し、出払ってきたのだという。

「クリスさん、せっかくまた会えたのに離れ離れは寂しいですが、レイモンドさんとオードリーさんと仲良くしてくださいね」

「ロザリーちゃん。アイビーヒルに遊びに来てね。クリスがケーキを焼いてあげる」

クリスはニコニコと笑っている。メイドの話を聞くと、この屋敷に来てから彼女はレイモンドの後ばかりついていくのだそうだ。
だから、厨房の面々もクリスのことをかわいがってくれているらしい。

「楽しみにしてます」

ロザリーはクリスをギュッと抱きしめる。そして、今度こそ途切れないように手紙を書く約束をする。

「レイモンドの料理が無くなるのは寂しいなぁ」

「何言ってるんですか。ご立派な料理人をいっぱい抱えているくせに」

ケネスの惜しむ声に、レイモンドが笑う。

「彼らの料理はもちろんおいしいよ。だが俺の舌は君の料理がどうにも忘れられなくてね」

「うわあ、すげぇ殺し文句を言いますね」

まんざらでもない様子のレイモンドだが、「でも、帰りますよ」とはっきりと言った。