「マデリン様、どうなさったの?」
兄嫁に声をかけられ、思考の海を揺蕩っていたマデリンは我に返った。即座に口元を扇でおおい、目を伏せる。
「いいえ、ちょっと。息子のことが心配で」
「バイロン様はお気の毒だわ。まだお若いのに……。でもマデリン様にはコンラッド様もいらっしゃいます。どうかお気を落とさないで」
「そうね、ありがとう」
病床の息子を案じる母親を演じながら、マデリンは再び考える。
医師の見立てでは、バイロンはもう長くはないそうだ。
バイロンは父親の教えを真摯に受け止める子で、貴族議員内での評判も良かった。あの子ならば、誰もが認める素晴らしい王になるはずだったのに。
バイロンが死ねば、自動的に権利は第二王子に移る。このままでは、あの憎い女の息子が王太子になってしまう。
マデリンの心を憎悪の炎が包む。
あの女に、女の息子に、何ひとつとして渡したくはなかった。
ふと、前方の騒がしさに、マデリンは目を止めた。
賑やかに歓談している一団がある。中心にいるのは、イートン伯爵とバーナード侯爵だ。
「イートン伯爵のところに、腕のいい料理人が入ったそうですな」
「おや、侯爵、お耳が早い。ですが、彼は期間限定の勤めでしてね。その腕が惜しいので、引き留めているんですが、故郷に帰って実家の宿を継ぎたいのだそうですよ」
「変わった男ですな。伯爵家の料理人なんて栄誉を捨てて、田舎の宿屋を取るとは」



