お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。

テラスに通じる大きなガラス戸に近寄り、今は閉められているカーテンを少しだけめくって、内庭を眺める。

(……あ、ひとりはウィンズさんなんだ)

内庭にいたのはふたりの男性。ひとりは、先日ロザリーに剪定の仕方を教えてくれたウィンズで、もうひとりは顔が見えない。しゃがんで、目の前のクレマチスに向かい手を伸ばしている。
パチパチと鋏を扱う音がしている。ウィンズは彼の手元を照らすためにランプを支えていた。

(庭師さん……なのかな? でもこんな朝方に来る意味が分からない)

そして、作業をしながら、彼らは何か話しているのだが、窓越しだとはっきり聞き取れないのだ。
大きな窓を開けば、開けるときの音で気づかれる。ロザリーはこそこそと移動して、隣の小部屋の窓を開けた。
冷たい風が一気に入ってきて、思わず「きゃっ」と小さな悲鳴が出てしまう。思わず口を押さえ、身を隠す。

「……ですか?」

「冬はあまりきれいに咲く花が無いからな。高山の植物だ。定着するといいんだが」

外のふたりは話し続けている。
木の根元に、なにか花を植えているようだ。

(よかった。気づかれてはいなさそう)

ロザリーがホッと胸をなでおろした瞬間、心臓に矢を突き立てるようなことを言われた。

「ところで、子犬が動いているようだな。……そこか?」

驚くべき聴覚。とはいえ今窓を閉めれば逆に居場所がバレるので息をひそめていると、黒い影がすぐに近寄ってきて、その窓を開けた。

「……カイラの香りだな。ああだが、違うか。ずいぶん可愛らしい子犬じゃないか」

その人物を見て、ロザリーは息が止まるかと思った。

「へ、……陛下?」

どこかで嗅いだことがある、と思ったのも道理。
そこにいたのは、まさかのモーリス国王、ナサニエル・ボールドウィンだったのだ。