ロザリーはここに来る前に呼んだ書物を思い出した。
夢遊病は深い眠りのときに起こり、頭は眠ったままなのに、体が起きてしまう状態なのだそうだ。
長くても一時間で収まることから、敢えて治療する必要はないとされていた。

「鍵……開けては駄目ですか?」

「ですが」

「カイラ様は暴力をふるったりするわけではないんですよね」

「ただ歩き回るだけです。夢を見ておられるようで」

「少し話しかけてみたいんです。いいですか?」

侍女は迷ったようだが、鍵を開けた。すると、ギイと軋んだ音を立てて扉が開き、カイラが出てきた。
彼女の目は、誰もいない空間を眺めている。そのまま、体を揺らしながら歩いていこうとする。

「カイラ様。まだお休みの時間ですよ。一緒にベッドに行きましょう?」

ロザリーが言ったが、彼女には届いていない。

「アイザック……。……ナサニエル様。待って」

カイラはブツブツとつぶやき続けているが、目はうつろで、廊下を行ったり来たりしている。

「カイラ様。こちらですよ」

ロザリーはできるだけ穏やかに言い、彼女の横にぴったりついて歩いた。
なおもつぶやき続ける彼女は、やがて方向を変え、自らのベッドに向かう。

「寝ましょう。ね。明日はきっといい日になります」

笑顔でそう言うと、ぼんやりとしていたカイラはふっと表情を緩め、ぱたりとベッドに倒れ込んだ。

「……眠った……かな」

「大丈夫そうですね。お嬢様も怪我がなく何よりです」

侍女はホッとしたようにカイラを見下ろし、揃って部屋を出た後、侍女はためらいがちにもう一度鍵を下ろした。