第11話 誰がカンボジアへ行くの
それから一週間ほどたったある日、かおりちゃんたち、五年一組のクラスにお客さんがあった。カンボジアでおにいさんを亡くされた人で、かおりちゃんが、この前の朝の会の時間に話していた人の妹さんだ。
岩山先生が、その人のご自宅を訪問して、おにいさんのお話をクラスの子どもたちの前でしていただけないでしょうかとお願いしたら、来ていただけたのだ。
おにいさんがカンボジアで撮られた写真が載っている本や、おにいさんのことをモデルにして作られた映画のビデオテープなどを持ってきておられたので、かおりちゃんたちは、それらを見たり、お話を聞いたり、質問をしたりして、カンボジアへの関心を、ますます深めているみたいだった。
こういうことがあって、かおりちゃんたち、五年一組では、カンボジアのことがすっかりブームになっていった。
かおりちゃんから、カンボジアに絵本を送る方法を教えてもらったクラスの子全員と、担任の岩山先生が、一人一冊ずつ、それぞれ違った絵本をカンボジアの子どもたちに送ることが決まったので、かおりちゃんは、とてもうれしそうな顔をしていた。ぼくも、もちろん、うれしかった。
カンボジアに送る絵本と、それに貼るシールがそれからまもなく学校に届いたので、かおりちゃんたちは、自分に割り当てられた絵本をまず読んでから、放課後の教室で、わいわい、がやがや言いながら、絵本にシールを貼る作業をしていた。
作業が終わると、絵本の裏表紙の内側に、シールを貼った人の名前をローマ字で書いていた。
こうして全部で三十八冊の絵本が出来上がったので、みんな楽しそうに、にこにこ笑いながら、絵本を手に取ってながめたり、絵本を読んでいるカンボジアの子どもたちの顔を想像したりしているみたいだった。
翌日、学校の事務の人が、宅急便で、絵本を東京のボランティア事務所へ向けて出してくれた。かおりちゃんたちの思いがいっぱいに込められた絵本は武雄を後にして東京へ向かっていった。
それから二週間ほどたったある日、かおりちゃんたちの学校に、東京のボランティア事務所から、お礼の手紙と、カンボジア旅行の案内状が来た。
カンボジアに届けられた絵本がどのように読まれているのかを見学するための旅行が、四月の下旬から五月の初めにかけておこなわれることになっているようだ。
岩山先生は興味深そうに旅行の案内状を見ていた。でも岩山先生はちょうどそのころ、挙式をすることになっているので、行けそうにないみたいだった。
岩山先生は困ったような顔をしながら、翌日の朝の会の時間に、クラスのみんなに聞いていた。
「絵本が届いたというお礼の手紙と、カンボジア旅行の案内状が、昨日、学校に来たわ。カンボジアの小学校やお寺の中にある図書館や図書室に行って、絵本を読んでいる子どもたちと交流をする旅行なの。とても楽しそうで、先生も行ってみたいなあと思ったわ。でもどうしても行けそうにないので、だれか今年のゴールデンウイークに、おとうさんや、おかあさんといっしよにカンボジアに行ける人がいないかなぁ」
岩山先生は、クラスの子、一人ひとりの顔色をうかがうように、ゆっくりと見回していた。でも先生と目が合うと、視線をさっとそらす子もいて、手をあげる子は一人もいなかった。
「山田君、君のところはどう ? 」
岩山先生が一番前の席の男の子に聞いていた。
「うちは、おとうさんも、おかあさんも、休みの日も仕事だから行けないよ」
男の子は、そっけなく答えていた。
「じゃあ、松本さんのところは ? 」
岩山先生が今度は前から三列目の窓際の席にすわっている女の子に聞いていた。
「うちには二歳になる妹がいるから無理だわ」
女の子もあっさり、首を横に振っていた。
「じゃあ、ここから一番遠いところにいる遠井君のところは ? 」
岩山先生が後ろの出入り口の近くの席にすわっていた男の子に、ダジャレを入れて聞いていた。
「先生、うちには寝たきりの、ばあちゃんがいるから、おかあさんは介護で忙しくて行けそうにないよ。おとうさんも今、失業中だから」
と、答えていた。
「あっ、そうだったわねえ。ごめんなさい。うっかりしていたわ」
岩山先生が申し訳なさそうに謝っていた。
「弱ったなぁ……。だれか一人ぐらい行ける人がいないかなぁ……」
旅行の話になかなか乗ってくる子がいなかったので、岩山先生が頭を抱えていた。
( かおりちゃんの クラスのお友だちは、みんな、明るくて、いい子だけど、家庭の事情がいろいろあって、旅行に行けない子がいるんだなあ)
ぼくはそう思って、心の中に灰色の絵の具が広がっていくようだった。
「佐倉さん、あなたはどうかしら ? 」
岩山先生が今度は、かおりちゃんに聞いていた。
「えっ、私 ? 」
行けそうか、行けそうでないのかを、ぼんやりと考えていたかおりちゃんは、ふいに名前を呼ばれて、びっくりしたような顔をしていた。
「そう、あなたよ。そもそも、五年一組のクラスの子全員と、担任の私がカンボジアに絵本を送るきっかけになったのは、
佐倉さん、あなたが持ってきた絵本と手紙にあるのよ。だから先生としては、あなたにぜひ、クラスのみんなを代表して、カンボジアに行ってもらいたいと思っているの」
岩山先生が真剣なまなざしで、かおりちゃんを見ていた。
かおりちゃんは何だか自分に白羽の矢が立ったように感じて、とまどっているみたいだった。
「佐倉さんのおうちでは、おかあさんは、おうちにいらっしゃるわけでしょ ? 行こうと思われたら、行けないことも
ないのではないかしら ? 」
岩山先生がぐっと押してきたので、かおりちゃんは、どうしても少し、引かざるを得なかった。
「私としては、行きたいなあとも思っています。でもこういうことは、おとうさんや、おかあさんと相談してから決めないといけないから、今ここで返事はできません」
かおりちゃんは優等生的な答をして、お茶を濁していた。
「分かっているわ。今日、おうちに帰ってから、おとうさんや、おかあさんと相談してください。いい返事を待っているわ」
岩山先生は、かおりちゃんに、旅行の案内状のコピーをわたしていた。
それから一週間ほどたったある日、かおりちゃんたち、五年一組のクラスにお客さんがあった。カンボジアでおにいさんを亡くされた人で、かおりちゃんが、この前の朝の会の時間に話していた人の妹さんだ。
岩山先生が、その人のご自宅を訪問して、おにいさんのお話をクラスの子どもたちの前でしていただけないでしょうかとお願いしたら、来ていただけたのだ。
おにいさんがカンボジアで撮られた写真が載っている本や、おにいさんのことをモデルにして作られた映画のビデオテープなどを持ってきておられたので、かおりちゃんたちは、それらを見たり、お話を聞いたり、質問をしたりして、カンボジアへの関心を、ますます深めているみたいだった。
こういうことがあって、かおりちゃんたち、五年一組では、カンボジアのことがすっかりブームになっていった。
かおりちゃんから、カンボジアに絵本を送る方法を教えてもらったクラスの子全員と、担任の岩山先生が、一人一冊ずつ、それぞれ違った絵本をカンボジアの子どもたちに送ることが決まったので、かおりちゃんは、とてもうれしそうな顔をしていた。ぼくも、もちろん、うれしかった。
カンボジアに送る絵本と、それに貼るシールがそれからまもなく学校に届いたので、かおりちゃんたちは、自分に割り当てられた絵本をまず読んでから、放課後の教室で、わいわい、がやがや言いながら、絵本にシールを貼る作業をしていた。
作業が終わると、絵本の裏表紙の内側に、シールを貼った人の名前をローマ字で書いていた。
こうして全部で三十八冊の絵本が出来上がったので、みんな楽しそうに、にこにこ笑いながら、絵本を手に取ってながめたり、絵本を読んでいるカンボジアの子どもたちの顔を想像したりしているみたいだった。
翌日、学校の事務の人が、宅急便で、絵本を東京のボランティア事務所へ向けて出してくれた。かおりちゃんたちの思いがいっぱいに込められた絵本は武雄を後にして東京へ向かっていった。
それから二週間ほどたったある日、かおりちゃんたちの学校に、東京のボランティア事務所から、お礼の手紙と、カンボジア旅行の案内状が来た。
カンボジアに届けられた絵本がどのように読まれているのかを見学するための旅行が、四月の下旬から五月の初めにかけておこなわれることになっているようだ。
岩山先生は興味深そうに旅行の案内状を見ていた。でも岩山先生はちょうどそのころ、挙式をすることになっているので、行けそうにないみたいだった。
岩山先生は困ったような顔をしながら、翌日の朝の会の時間に、クラスのみんなに聞いていた。
「絵本が届いたというお礼の手紙と、カンボジア旅行の案内状が、昨日、学校に来たわ。カンボジアの小学校やお寺の中にある図書館や図書室に行って、絵本を読んでいる子どもたちと交流をする旅行なの。とても楽しそうで、先生も行ってみたいなあと思ったわ。でもどうしても行けそうにないので、だれか今年のゴールデンウイークに、おとうさんや、おかあさんといっしよにカンボジアに行ける人がいないかなぁ」
岩山先生は、クラスの子、一人ひとりの顔色をうかがうように、ゆっくりと見回していた。でも先生と目が合うと、視線をさっとそらす子もいて、手をあげる子は一人もいなかった。
「山田君、君のところはどう ? 」
岩山先生が一番前の席の男の子に聞いていた。
「うちは、おとうさんも、おかあさんも、休みの日も仕事だから行けないよ」
男の子は、そっけなく答えていた。
「じゃあ、松本さんのところは ? 」
岩山先生が今度は前から三列目の窓際の席にすわっている女の子に聞いていた。
「うちには二歳になる妹がいるから無理だわ」
女の子もあっさり、首を横に振っていた。
「じゃあ、ここから一番遠いところにいる遠井君のところは ? 」
岩山先生が後ろの出入り口の近くの席にすわっていた男の子に、ダジャレを入れて聞いていた。
「先生、うちには寝たきりの、ばあちゃんがいるから、おかあさんは介護で忙しくて行けそうにないよ。おとうさんも今、失業中だから」
と、答えていた。
「あっ、そうだったわねえ。ごめんなさい。うっかりしていたわ」
岩山先生が申し訳なさそうに謝っていた。
「弱ったなぁ……。だれか一人ぐらい行ける人がいないかなぁ……」
旅行の話になかなか乗ってくる子がいなかったので、岩山先生が頭を抱えていた。
( かおりちゃんの クラスのお友だちは、みんな、明るくて、いい子だけど、家庭の事情がいろいろあって、旅行に行けない子がいるんだなあ)
ぼくはそう思って、心の中に灰色の絵の具が広がっていくようだった。
「佐倉さん、あなたはどうかしら ? 」
岩山先生が今度は、かおりちゃんに聞いていた。
「えっ、私 ? 」
行けそうか、行けそうでないのかを、ぼんやりと考えていたかおりちゃんは、ふいに名前を呼ばれて、びっくりしたような顔をしていた。
「そう、あなたよ。そもそも、五年一組のクラスの子全員と、担任の私がカンボジアに絵本を送るきっかけになったのは、
佐倉さん、あなたが持ってきた絵本と手紙にあるのよ。だから先生としては、あなたにぜひ、クラスのみんなを代表して、カンボジアに行ってもらいたいと思っているの」
岩山先生が真剣なまなざしで、かおりちゃんを見ていた。
かおりちゃんは何だか自分に白羽の矢が立ったように感じて、とまどっているみたいだった。
「佐倉さんのおうちでは、おかあさんは、おうちにいらっしゃるわけでしょ ? 行こうと思われたら、行けないことも
ないのではないかしら ? 」
岩山先生がぐっと押してきたので、かおりちゃんは、どうしても少し、引かざるを得なかった。
「私としては、行きたいなあとも思っています。でもこういうことは、おとうさんや、おかあさんと相談してから決めないといけないから、今ここで返事はできません」
かおりちゃんは優等生的な答をして、お茶を濁していた。
「分かっているわ。今日、おうちに帰ってから、おとうさんや、おかあさんと相談してください。いい返事を待っているわ」
岩山先生は、かおりちゃんに、旅行の案内状のコピーをわたしていた。

