(愛とは、どんなものだろう。私にもまだ分からない)

ふいにコネリーに振り向かれ、ドキリとする。彼は思い出したようにポケットから懐中時計を取り出し、彼女の手に渡した。

「屋敷内でもし何かあったら、あなたは直ぐに逃げて助けを呼んでください。できるだけ大きな商家か、貴族の屋敷に逃げてください。ここから一番近いのは、門から出て左手に一キロほど離れたところにあるグレシャム男爵家です。この時計にうちの家名が彫ってありますから、それで身分は保証されます。決して私を助けようなどとは思わないように」

「私ひとりに逃げろとおっしゃるの?」

それでは先ほどのヒューゴと同じだ、と思って視線で咎めれば、コネリーはそれを受け止めて笑って見せた。

「そうですね。あなたには生きていていただきたいですから。甘んじて卑怯者になっていただきたいところです」

「なっ、嫌よ。卑怯者になるなんて」

「では卑怯者ではなく、真実を伝える使者役として逃げることを全うしてください。ヒューゴ殿が盗賊団の仲間で、自作自演の事件を起こしたと。ベリル様の名誉とブラッドリー侯爵家を守るためですからね」

家名を出されて、頷かないわけにはいかない。
ぐうの音も出ないようにやり込められることは、シンディには珍しい。

「わかったわ……」

悔しいけれど、完敗だと思った。そしてそれが、なぜか少しばかり嬉しいと思ってしまったのだ。