次に、翔太くんが目を開けると、そこは見たことも、来たこともない、真っ白い世界でした。服もズボンも飛び降りた時に着ていた黒い制服のままです。

そこには青い空も、白い雲も、太陽もありません。あるのはすぐ近くで流れる透き通った川と、それを挟むような形で咲くいろんな色の花々。そして、空を、その世界を神々しい白い光が覆っています。まるで夢のなかにいるような、そんな気分でした。

少し先に川にかかった一本の白い橋があって、その上に誰かいます。それは人間にしてはあまりに小さく、黒い猫のように見えました。その猫はまるで人間のように、二本の脚で器用にちょこんと立っています。

黒い猫は翔太くんに気づくと嬉しそうにニコッと笑ってから、もの凄い勢いで駆け寄ってきました。翔太くんは思わず肩をビクッとさせて驚きます。

「やあやあ!ぼくの名前はクロ。君は?」

「俺は、翔太」

「翔太か。うん、いい名前だね。よろしくね、翔太」

そう言うと、クロはぷにぷにの肉球のついた黒い小さな手を差し出しました。どうやら握手をしたいようです。翔太くんがその手をそっと握ると、クロは満点の笑顔のまま手を上下に数回強く、大きく振りました。

「あの、ちょっと訊いていいかな?」

「うん、いいよ。何でも訊いて!と言っても、ぼくもついさっきここに来たばかりなんだけどね」

「ここって、どこなの?なんで橋の上にいたの?どうして君は猫なのに立って、喋れるの?」

「ちょっとちょっと落ち着いてよ。ひとつずつ答えるから」

クロはコホンッと、わざとらしく聞こえるように咳をひとつしてから、少し胸を張って自慢げに答えます。

「ここはね、天国への入り口なんだ。ほら、あそこに細くて長い一本道があるの分かるかな?あの道のずっと先に天国があるんだよ。そこには、ぼくたちが"神様"って呼んでる人もいるかもしれない。なんとなくだけど、分かるんだ。動物としての勘ってやつかな」

その手の先には真っ直ぐ続く、長い長い白い光の一本道がありました。横に二人並んで歩けるほどで、左右には色とりどりの綺麗な花が咲き誇り、まるで絨毯のように広がっています。道はどこまでも続き、その先は白い光に包まれていて見えません。

「そっか……。ここが、天国の入り口なんだ」

翔太くんは驚きもせず、目の前に広がる綺麗な景色をただただぼーっと眺めました。その顔は安心して笑っているようにも見えました。クロは続けます。

「ぼくは君のような人間と一緒に暮らしてたんだ。けど、捨てられちゃった……。すぐにまた違う、大きな人間に拾われたんだけど、その人間に変なとこに連れてかれたんだ」

「変なとこ?」

「うん。そこには他にも、ぼくの仲間が沢山いたんだ。人間たちはその場所のことを"保健所"とか言ってたと思う。何日かはそこにいたんだけど、今日はいつもと違うとこに連れてかれたんだ。てっきり遊んでくれるのかなって思ってたんだけど、違った。小さい檻のようなとこに仲間と一緒に閉じ込められたんだ。みんな怖がってた。"助けて!"って、泣いてる子もいたよ。暗くなったと思ったら、今度は急に息ができなくなったんだ。苦しくて、怖くて……。仲間の声もだんだん弱々しくなっていって、最後には聞こえなくなった。なんでこんなことされるのかも分からなかった。で、気がついたら一人でここにいたんだ。他の仲間は、たぶん先に行っちゃったか、別の場所にいるのかもしれない。一人で行くのもなんか寂しいし、誰か来ないか待っていたところに、君が来たってわけさ」

翔太くんは悲しい気持ちになりました。クロがあまりにかわいそうで泣きそうになりました。けど、泣いてる姿を見られるのがなんだか恥ずかしくて、涙が出るのをぐっと我慢しました。