翔太くんは学校に行くのが嫌でした。

なぜなら、翔太くんはいじめられていたからです。

周りのクラスメイトはみんな見て見ぬふり。なかには嗤っている子もいました。

いじめっ子たちの仕返しが怖くて先生やお父さん、お母さんに相談することもできず、翔太くんは家に帰ると自分の部屋でいつも隠れるように泣いていました。夜になると朝がくるのが怖くて仕方なく、眠れない日もありました。

 ある年の春も終わろうかという頃のことです。翔太くんは思いました。

『もう、こんな世界にはいたくない。消えてしまいたい』

翔太くんは天国という、遠い、遠い世界へ行くことにしたのです。

そこに行けば、もう友達にも会えません。

先生にも会えません。

お父さんにも、お母さんにも会えません。

テレビも見れません。テレビゲームもできません。便利な携帯電話も、何もありません。

それでも、ここよりはいい。今の翔太くんにはそう感じられたのです。

本当はこんなことしたくない。もっとこの世界にいたい。もっとお父さんや、お母さんと一緒にいたい。

けど、もう心は限界でした。パンッ!という、風船が割れるような大きな音が自分の中でしたような気がしました。

 気がつくと、翔太くんは学校の屋上にいました。時間はちょうどお昼休み。屋上には誰もいません。グラウンドの方からは生徒たちの楽しげに遊ぶ声が聞こえてきます。でも、今の翔太くんには何も聞こえません。

空では白い雲がゆっくりと泳ぎ、青く綺麗な空が広がっています。太陽の光は翔太くんの心とは関係なく、眩しすぎる光で地上を暖かく照らしています。いつもとなにも変わらない日常が、そこには流れていました。

脚をぶるぶると震わせながらフェンスを乗り越えると、ふぅっと息をひとつ吐き、怖いのを必死に我慢しながら、高い高い屋上から飛び降りました。

止める人は、気にかける人は一人もいませんでした。翔太くんには友達がいなかったのです。誰にも知られることなく、翔太くんは落ちていきました。鳥のように飛べるはずもなく、その幼い身体は地面に強く叩きつけられました。目から一筋の涙が頬を伝って落ちます。その口は何か言いたそうに開いたままです。もしかしたら、お父さんや、お母さんに「ごめんなさい」と言いたかったのかもしれません。

最後に思い出したのは、お父さんと、お母さんの笑顔。もうその声を聞くことも、その顔を見ることもできません。

翔太くんがお父さん、お母さんに笑顔を見せることも、その声を届けることもありません。

生きて、家に帰ることもできません。

そして、今この瞬間、その事実を翔太くんのお父さんと、お母さんはまだ知りません。

いつものように学校にいると思っています。

いつものように「ただいま」と玄関の扉を開けて、帰ってくると思っています。

いつものように夕飯を一緒に食べれると思っています。

けど、それらが叶うことはもう二度とありません。

なぜなら、この世界に翔太くんはもういないからです。

それでも、白い雲も、青く綺麗な空も、眩しすぎる太陽も、いつもと変わらずそこにありました。