「せっかく綺麗に咲いているのに、摘んだら可哀想。それに、岩の上を渡って取りに行こうとしてるでしょ?」

「そうだけど」

「滑って川に落ちたらどうするのよ。深いところがあるかもしれないし、岩に頭をぶつける可能性もある。カイザーを危険にさらしてまで、花も宝石もサンドイッチも欲しくない」


真剣な目をして心配するラナに、カイザーは無言になり、固まったように動かなくなる。

と思ったら、急に走り出し、川縁にひざまずいて頭をザブンと水に突っ込んだ。

水面がブクブクと泡立っているのは、彼が水中でなにかを叫んでいるせいであろう。


「ちょっ……なにやってんの!?」


焦ったラナは、サンドイッチを放り投げて駆け寄り、彼の肩を掴んで水から頭を上げさせようとしている。

それを数メートル離れた敷物の上から見守っている三人は、少しも慌てることなく、楽しそうな顔をしていた。


「おそらく、抑えきれない愛を叫んでおるのじゃろう」とイワノフがホッホと笑えば、オルガが目を輝かせて頷く。

「『お前が好きだー!』とでも言ったのでしょうか。ああ、一途に想われている姫様が、羨ましい……」


グリゴリーは、体格に似合わぬ人のよさそうな笑顔で意見を述べる。

「自分はこの旅に同行できて幸せに思います。普段は無口でクールなカイザーさんの、特別な一面が見られるのですから」


王女のお供の三人は、ニヤニヤが止まらない。

まだ川に顔をつけているカイザーと、それをやめさせようと必死なラナには、三人の会話は届いていない様子であった。