ホステス全員が集められ、みんなの前で手紙を読むアララ。
賀太郎さんは、晩年、身寄りのない生活に困窮した、日系人のための老人ホームにいた。そこで1997年ごろから2010年まで、94歳で亡くなるまで暮らしていた。
肝臓を患い、認知症も進み、亡くなる直前まで「日本は戦争に勝った」と言い続けていたという。
その老人ホームに、時折、差し入れを持ってくる年老いた男女がいた。それは日系2世で、コーヒー農園を営んでいた、ジルバママの実のお兄さんとお姉さん。
その2人は、こう言っていた。
賀太郎は、妹夫婦の敵(かたき)だけど、孤独でみじめな生涯を送った賀太郎を、憎むことはできなかった、と。
そして、ジルバさんのことを、日本に帰り、「自分の力で成功した」「日本人移民の夢を叶えた」「家族は皆、ちはま(ジルバママ)を誇りに思っている」と。
賀太郎さんは、晩年、身寄りのない生活に困窮した、日系人のための老人ホームにいた。そこで1997年ごろから2010年まで、94歳で亡くなるまで暮らしていた。
肝臓を患い、認知症も進み、亡くなる直前まで「日本は戦争に勝った」と言い続けていたという。
その老人ホームに、時折、差し入れを持ってくる年老いた男女がいた。それは日系2世で、コーヒー農園を営んでいた、ジルバママの実のお兄さんとお姉さん。
その2人は、こう言っていた。
賀太郎は、妹夫婦の敵(かたき)だけど、孤独でみじめな生涯を送った賀太郎を、憎むことはできなかった、と。
そして、ジルバさんのことを、日本に帰り、「自分の力で成功した」「日本人移民の夢を叶えた」「家族は皆、ちはま(ジルバママ)を誇りに思っている」と。



