東の空が白み始めていた。

咲耶の脱獄に気づき、追捕(ついぶ)の令が下されるのは、夜明けと同時くらいだろうというのが犬貴の読みだった。

いま咲耶は、常人では有り得ない速度で地を駆け、谷間を飛び越えていた。
正確には、咲耶の“影”に入った犬貴の『力』よって可能になったのであり、咲耶自身の身体能力が上がったわけではない。
つまり、犬貴に身体を操られてる(・・・・・)状態なのだが。

地を蹴る足も、風の抵抗を受けるはずの目も、時折つかむ枝に触れる手も。
見えない防具におおわれているかのように、衝撃や抵抗が少なかった。

(だいぶ慣れてきた、かな……?)

あまりの速さに目を回しそうになったり、宙を跳ぶ浮遊感に恐怖を抱いたりもしたが、ようやく平常心を保てるようになった。

「──やっと叫ばなくなったな、咲耶サマ?」

咲耶と並走している犬朗が、ちょっと笑って声をかけてきた。咲耶は苦笑いで応える。

「ごめんね、うるさくて」

もともと絶叫系の乗り物が苦手な咲耶は、犬貴や犬朗に悪いと思いつつも、悲鳴のような声を張りあげてしまっていた。
すかさず、咲耶のなか(・・)の犬貴が言った。

『ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、咲耶様。
あちらに沢がございます。少しのどを潤わせてはいかがでしょう』

目を向ければ、木々の奥のほうで岩と岩の間に小さな水の流れが見える。
犬貴の言葉に甘え、沢のほとりに近づき、両手で岩清水をすくった。

「……あとどのくらいで着けそう?」

岩場に腰を下ろした犬朗に訊けば、そでのない(あわせ)の懐から犬朗が地図を取り出す。

「んー、やっと半分てとこか。
……けどさ、咲耶サマ。この地図だいぶあばうと(・・・・)なんだろ?」

犬朗の態度や物言いに、以前、咲耶が表現したのを本人は気に入ったらしく、時折こうして使ってくる。

「まぁ、茜さんによると「行けば自ずと分かるわ」っていう場所で出入り口(・・・・)も日によって違うらしいから……」

“神獣の里”は“神獣”と“花嫁”、そして、その“眷属”以外には開かれていない(・・・・・・・)場所だそうだ。