月明かりのもとに現れた、神の獣。

白い毛並みに薄い黒の縞模様の、気高き虎──にもかかわらず、その高潔さを汚すかのように首にある枷の、なんと忌まわしいものか。

咲耶は、怒りと悔しさと悲しみがない交ぜになったまま、舞殿の階段を一気に駆け上がった。

『神』と(うた)いながら枷を付けることへの憤りを抱え、何も知らずに『宴』に参加しようとした自分の浅慮を悔やみながら。
(うつつ)』の見世物(・・・)とされてしまった、ハクコに近寄って行く。

「──ハク……! ちょっと待っててね。いま私が、こんなの外してあげるから……」

たどり着いた先にいる優美な獣は四肢を折り曲げ、じっとしている。
“契りの儀”の時よりは成長し、体つきも成獣に近づいてはいるが、やはり成長途中の感は否めない。

青い瞳をのぞきこむが、そこからはなんの意思をも見当たらなかった。

「ねぇ、ハク……どうしちゃったの? 私が、分からない?」

いつものように自らの『内側で響く声』を期待し、問いかける咲耶の二の腕が、ぐいとつかまれた。

「──“神現しの宴”を中断させ、尊臣様の御前を汚した(とが)にて、そなたを拘束する。おとなしく──」

一瞬前まで咲耶を見下ろしていた男が、階段を転げ落ちる。
代わりに、かすれた声音が咲耶の耳に届いた。

「うちの姫サマに気安く触んじゃねぇよ。俺が椿チャンや犬貴に、怒られんだろーが」

次いで、苦笑いへと変化した声の持ち主が、咲耶を隻眼で捕える。

「つーか、咲耶サマ? ムチャするときは、ひと声かけてくんねぇかな?」

ちら、と、舞殿の下方に目を向け、咲耶を捕えるために集まりだした者たちを見やり犬朗が言う。

「……とりあえず、ここはバックレるしかねぇな。連中の『気』は、俺がそぐ」

犬朗の左前足が上がって、器用に立てられた指先が、咲耶の手首の数珠を突く。
バチッと、静電気を思わす火花が散ると同時に、数珠玉が弾け飛んだ。

「テンテン、咲耶サマと一緒に屋敷に戻れ。……できるよな?」