がさがさと、枝と葉のしなう音がしたかと思うと、目の前に黒い物体が落ちてきた。
──否、声の持ち主らしい十五六の少年が降り立った。
そでのない丈の短い着物に筒袴という出で立ちは、格闘家の道着を思わせる。その色は、闇に溶けるように黒一色だ。
「ハク、皆が待ちかねておるぞ? おぬしの花嫁の到着を」
ボサボサの黒い前髪の奥で、いたずらっぽく動く漆黒の瞳が、ハクコを捕える。
意味ありげに笑う少年に対し、先ほど見せたのと同じくハクコはわずかに眉を寄せ、不快さを表わした。
「……儀式は、これからだ」
「あぁ、そうじゃ。おぬしの寿命も……そこな娘御の命運も。
尊臣公は、気の短い御仁じゃからのう。早まった考えを、もたねばよいと思うておったが……困ったものじゃ」
外見には似合わない口調で言い、咲耶を憐れむように見た少年の眼差しは、これまた老成さを帯びている。
しかし咲耶は、そんな少年の見目と言の整合性よりも、少年の放った単語に、何やら不穏なものを感じてしまった。
(いま『寿命』だの『命運』だのと、言ってなかった……?)
「──行くぞ、咲耶」
日常では、ついぞ縁のない……というより、人間としての本能が避ける言葉が、当たり前のように発せられ、咲耶は動揺する。
「あああああのっ、ちょっと待って! ひょっとしたら、私、ひと間違いされてるんじゃ…」
「気の毒じゃがな、娘御。これは『決まり』じゃ。
なに、見たところ丈夫そうな身体をしておるし、年嵩のようじゃし、心持ちも気丈じゃろうて。
心配せんでも、ちぃとばかし痛いのをこらえれば、すぐに済むからの」
「それって、どういう……」
「──闘十郎。言葉が過ぎる」
あきれたような物言いと共に、黒髪の美女が現れた。ちら、と、咲耶を映す眼が、冷たく光る。
「早く行け。その姿で、今更いやだもないだろう。時間の無駄だ」
切り捨てるような言葉に反し、女の眼には少しの同情が窺えた。
あきらかに年下と分かる二十歳前後の女の落ち着きはらった様子に、自分が駄々をこねる子供になったようで、ばつが悪くなる。
──否、声の持ち主らしい十五六の少年が降り立った。
そでのない丈の短い着物に筒袴という出で立ちは、格闘家の道着を思わせる。その色は、闇に溶けるように黒一色だ。
「ハク、皆が待ちかねておるぞ? おぬしの花嫁の到着を」
ボサボサの黒い前髪の奥で、いたずらっぽく動く漆黒の瞳が、ハクコを捕える。
意味ありげに笑う少年に対し、先ほど見せたのと同じくハクコはわずかに眉を寄せ、不快さを表わした。
「……儀式は、これからだ」
「あぁ、そうじゃ。おぬしの寿命も……そこな娘御の命運も。
尊臣公は、気の短い御仁じゃからのう。早まった考えを、もたねばよいと思うておったが……困ったものじゃ」
外見には似合わない口調で言い、咲耶を憐れむように見た少年の眼差しは、これまた老成さを帯びている。
しかし咲耶は、そんな少年の見目と言の整合性よりも、少年の放った単語に、何やら不穏なものを感じてしまった。
(いま『寿命』だの『命運』だのと、言ってなかった……?)
「──行くぞ、咲耶」
日常では、ついぞ縁のない……というより、人間としての本能が避ける言葉が、当たり前のように発せられ、咲耶は動揺する。
「あああああのっ、ちょっと待って! ひょっとしたら、私、ひと間違いされてるんじゃ…」
「気の毒じゃがな、娘御。これは『決まり』じゃ。
なに、見たところ丈夫そうな身体をしておるし、年嵩のようじゃし、心持ちも気丈じゃろうて。
心配せんでも、ちぃとばかし痛いのをこらえれば、すぐに済むからの」
「それって、どういう……」
「──闘十郎。言葉が過ぎる」
あきれたような物言いと共に、黒髪の美女が現れた。ちら、と、咲耶を映す眼が、冷たく光る。
「早く行け。その姿で、今更いやだもないだろう。時間の無駄だ」
切り捨てるような言葉に反し、女の眼には少しの同情が窺えた。
あきらかに年下と分かる二十歳前後の女の落ち着きはらった様子に、自分が駄々をこねる子供になったようで、ばつが悪くなる。



