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月は煌々と明るく、屋敷の中庭を照らしていた。
夜になり冷え始めた空気も、屋敷内のモノたちの熱気のためか、それを感じさせなかった。

「つ、椿さん。この器、こちらで良い、ですか?」
「はい。あとは犬貴が──」
「おーい、椿チャン。コレ(さば)いちまっていいかー?」
「いいえ。それは、コク様やセキ様がお見えになってからでないと」
「──えっと、椿ちゃん。私も何か、手伝うよ」

“眷属”たちに指示を出し、自らも忙しなく動く“花子”の少女に、咲耶はためらいがちに声をかけた。
くるり、と、“主”に向き直った椿が、微笑んで咲耶を見上げる。

「姫さま。今宵の宴……『ぱーてぃ』は、姫さまのためのもの。
どうぞ、お部屋でお待ちくださいませ」

椿の有無を言わせぬ口調は、年下ながら咲耶を圧倒するものだ。
咲耶は、しぶしぶ折れるしかなかった。

(人寄せしてるのに何もしないで部屋にいるって、落ち着かないんだけどなぁ)

あわただしくしている彼らを尻目に、咲耶は屋敷の奥にある自室へと戻る。

「……追い返されたか」
「うん。ある意味ジャマ者扱い」

ガックリとうなだれる咲耶の片手が、ひんやりとした指先につかまり、引き寄せられる。

「ならば、このまま私の側にいれば良い」
「へっ? だって、和彰、なんか読んでたんじゃないの?」
「お前がいるのに目を通さねばならぬ書物などない」

頭上から落ちてくる抑揚のない低い声音。
仰向けば、微笑む和彰と目が合った。

「……そっか。えへへ」

我ながら、しまりがない顔をしているだろうと思いながらも、咲耶は甘えるように和彰の胸にすがりつく。

「咲耶──」
「咲耶さまぁっ」

甘いささやきは、可愛いらしい“眷属”の呼び声にかき消された。
次いで、無粋に勢いよく開かれる障子。

「コク様たちが、お見えになりましたよっ」
「…………うん、分かった」

転々の声に反応し和彰から遠のいた咲耶と、愛しい者がいたはずの空間を保持する和彰に、キジトラ白の猫が小首を傾げた。

「お二人とも、どうかなすったんですか?」





黒虎(こくこ)闘十郎(とうじゅうろう)と、その“花嫁”百合子は到着したが、もう一方の赤虎(せきこ)たちがやって来ない。
犬朗の話によれば、ふたり共に快諾してくれたようなので、来る気がないわけではないだろうと、一足先に宴を始めることとなった。