綾乃にしても愁月にしても、以前とは立場が違っている。和彰への接し方も、おのずと変わる可能性があった。
……それは決して、悪い変化ではないはずだ。
そう思い、咲耶は含み笑いで和彰を見上げた。

「……別に何も」
「そうか」

相づちをうつ和彰の顔は、心なしか嬉しそうだ。
いったい何に反応してこんな顔をしているのかと、不思議に思う咲耶の手を、和彰がさらった。

「では、帰ろう」

歩きだしながら微笑む和彰を見つめ、咲耶は疑問に思い問いかける。

「ね、和彰。なんか、良いことあった?」
「今宵お前の帰りを祝って、皆が(うたげ)を開くのだそうだ」
「ああ、それで」

と、一瞬、納得しかけた咲耶だが。

(和彰って、人の集まりとか好きなんだ。なんか、意外)

「犬朗が、コクやセキ、その“花嫁”も呼ぶのだと張り切っていた」
百合子(ゆりこ)さんたちも呼ぶんだ? そういうの、初めてだね」

にぎやかな夜になりそうだ、と、咲耶が笑った時。ふいに、和彰が足を止めた。

「だから、お前を独り占めできるのは、今だけだ」

つながれた手が、引き寄せられる。突然の抱擁(ほうよう)に、咲耶の鼓動がひときわ大きくはねた。

「夜になれば、お前は他の者と語らい、私のことは二の次になる」
「そ、そんなことは……なくもないけど」

咲耶のために開かれた宴となれば、客人相手を務めるのは当然だ。

(和彰……私のこと、分かってるなぁ)

上目遣いで見上げれば、無表情に近いながらも不機嫌そうな和彰と目があった。

「だから、今だけ、なのだ……」

つぶやくように告げた唇が咲耶に近づいて。
ひらり、と、薄紅色のかけらが、風に舞い横切る。

視界に映した春の景色に幕を下ろし、感じるのは、甘い体温。

優しく胸にうずく、つやめいた想い。

陽差しから受ける熱よりも、咲耶を焦がす情動。

「……お前は私に、たくさんの彩りを与えてくれた」

わずかに離れた唇が、ささやく。

「私はそれを、ひとつひとつ、お前に返したいと思う」

ひんやりとした指先が、咲耶の頬をなでる。