“神獣”の“花嫁”として記憶も“神力(しんりき)”も取り戻した咲耶は、この世界での滞在時間が限られていた。

「日付が変わる前までに、この屋敷にお戻りください」
と、一葉に念を押され、咲耶は現在、一葉の車を借りて和彰と共に咲耶の家に向かっていた。

「もしもし、お母さん? ……急なんだけど、その、会って欲しい人がいて。
……じゃなくて! ……そう、その人。これから家に連れて行くから──」

パート勤めを終えた頃合いを見計らい、咲耶は母親に電話をかけた。
通話を切った助手席の咲耶を、和彰が運転しながら横目で窺ってくる。

「大丈夫か」
「うん、平気。……それより、うちスッゴいボロ家だから、びっくりしないでね」
「分かった」

咲耶の茶化しながらの自己申告に、和彰は生真面目にうなずく。

(お母さんが「やっぱりあんたも」って、言いたくなる気持ちも解るけどね)

けさ方まで存在すら口にしなかった娘が、いきなりその『彼氏』を家に連れてくると聞けば、変に勘繰るのも当然だろう。

人ひとり歩くのがやっとの家の玄関から和彰を通すと、食材を仕舞っていた母親に簡単に和彰を紹介した。
その後、和彰を居間のテーブルの奥へと追いやる。

「……気は遣わなくていいって言ってたけど、本当に大丈夫?」

咲耶を冷蔵庫の影に呼び、咲耶の母・里枝が小声で訊いてくる。

居間と台所が六畳半の空間にある狭さ。
昭和の中期辺りに建築されたであろう住宅の片隅で、咲耶は里枝に苦笑いを返した。

「うん、大丈夫だよ。細かいこと気にするような人じゃないから」
「……そう? 本当に? えらい所に連れて来られたって、思ってるんじゃない?」

うろんな目つきの里枝の視線の先は、無表情で室内を泰然と見回す和彰だ。

「私、お茶淹れるね。お母さんはいつも通り夕飯作ってて」
「あんたがそう言うなら……。
霜月さん、狭い家で申し訳ないけど、楽にしてくださいね」

少しぎこちない笑みで言う里枝に、和彰は「はい」と短く応じた。
……普段通りの愛想の無さは、ある意味で賞賛に値する。