たかだか一二時間ほどの自分でさえ嫌気がさしているのだ。
必然的に付き合いが長くなったであろう和彰に、咲耶は同情の溜息をつく。

「だが、確かにここではお前に害を為すモノがやって来ぬとも限らない。行こう」
「……うん」

自分の手を握り導く和彰に、咲耶は小さくうなずいた。
落ち着いた場所できちんと話したいと思うのは、咲耶も同じだった。
つなぐ指先に力をこめて和彰を見上げれば、微笑みが返される。

「……咲耶、お前に会いたかった」

どう返したら良いのか分からないほどの、愛しさが含まれた眼差し。
咲耶はただ小さく「私も」と応え、その腕に寄り添うのだった。





「待ってたぜ、咲耶サマ!」

会うなり玄関先で熱烈な歓迎をしてくれたのは、他でもない、犬朗だった。

ぎゅうっと咲耶を抱きしめる腕は、毛深い犬のそれ。
赤い虎毛に左目を覆う黒い眼帯。そでなしの(あわせ)を身にまとった姿は、咲耶のよく見知ったものだ。

「け、犬朗──」
「いきなり何をするっ、この破廉恥な駄犬め!」

驚きと苦笑いの咲耶から、犬朗のえり首をつかんで軽々と引き離すのは、黒い甲斐犬、犬貴だ。
見慣れた白い水干姿に、咲耶の頬は自然とゆるむ。

「……やっぱり、ふたりはその姿のほうがいいね」
「咲耶様……」
「──ひょっとして咲耶様も、『美女と野獣』で野獣が王子様に戻ってしまった時、ガッカリしたクチですか?」

精悍な顔つきの虎毛犬の呼びかけをかき消す勢いで、興奮したような少女の声がした。

犬貴の側で背伸びをして咲耶を見上げる中学生くらいの女の子。ツインテールが可愛いらしく、大きな瞳が印象的だ。
気のせいか、咲耶を見る目がキラキラしている。

「えっと、あの……」
「ハッ、申し遅れました! わたしは白河二葉、一葉めの妹にございます!
今生で白い“花嫁”様にお会いすることができて、超ラッキーでハッピーに思っております!」
「は、はあ……」
「おそらく兄が失礼極まりないことを散っ散、申し上げたことでしょうが、平に、平にご容赦いただければ……!」