「それは、そなたの退路を私がすべて絶っていただけのこと。そなたに(とが)はないというもの」

理詰めで説得しても、敵う相手ではない。咲耶にはもう、情に訴えるしかなかった。

「和彰が……悲しみます」

愁月は何も答えなかった。ただ、もの悲しげな笑みを浮かべ、咲耶を見返しただけだった。
それは、いつか見た寂寥(せきりょう)がひそむ眼で──あの時からすでに、愁月の覚悟は決まっていたのだと気づかされる。

咲耶は言葉に詰まり、けれども何か言わなければと必死に思いをめぐらした。沈黙を受けて、愁月が口を開く。

「……そなた、ここへは何をしに参ったのだ」

庭先へと視線を向けた愁月は、言外に、用が済んだのなら帰れと伝えてきた。
咲耶は、和彰を桜並木に置いてまで、ここに来た目的を思いだす。

「……綾乃さんのことを、お話ししたくて……」

“神逐らいの剣”は魂魄のつながりを断ち切り、現世(うつしよ)にも常世(とこよ)にもいられなくすると聞いた。
そんな綾乃を、愁月は常世へ戻してやりたいと願ったのではないか。

「綾乃さんの(はく)……肉体を司る『たましい』を、道幻(どうげん)が持っていたんですよね? だから、和彰を操って取り戻させた」

和彰の“御珠”によく似た玻璃(はり)の玉を飲み込んだ道幻。
綾乃の“精神体”が“神獣の里”にいたのなら、残りは“核”と呼ばれるものになるはず。

「“核”を取り戻すことだけが目的で、和彰が道幻を手にかけるだなんて、あなたは望んでいな──」
「すべてをつまびらかにして何になる」

推測をひとりで話す咲耶を非難するように、愁月がさえぎった。

抑揚のない口調と鋭い眼差しに、咲耶は口をつぐむ。心が冷えて、萎えてしまうような感覚に襲われ、何も言えなくなってしまう。

「すでに終わったことだ。……(さと)い振りして物事を見定めようとするは、そなたの悪い癖ぞ?」

抑揚あるいつもの口調に戻っても、愁月が話す内容は辛辣(しんらつ)で容赦ない。人の心を完全に理解した気になるなと忠告したのだ。

「そう……綾乃の再生は、確かに私の悲願ではある。
だが、それよりも前に、私はそなたに謝らなければなるまいな」

消え入りそうな声音は、咲耶に話しているというより独りごとのようで、咲耶は思わず眉を寄せた。