淡々と状況報告を続けていた沙雪の声に、そこで複雑なものがにじんだ。

「愁月殿の話によりますと、姫が懐妊している可能性があるとか」
「なに?」

『まがつ神獣(かみ)』となった白虎を滅するのは、“下総ノ国”にこれ以上の災厄をもたらさないために必要なこと。
そして、そうなる以上、“神力”をもつとはいえ、その“花嫁”である咲耶は用済みとなる。

なぜなら、新たな白い“神獣”を“国獣”として遣わして欲しいと“神獣の里”の長たるモノに願うには、“花嫁”という『供物』を捧げなければならないからだ。

しかし──。

「“花嫁”が(はら)んでいるとなれば、話は別、か」

独りごち、尊臣は自らの配下で最も信頼を置く女を見下ろす。

「……確かめなければなるまいな」
「はい。コク様には、その旨を愁月殿が記した書状をお渡ししてあります。姫の御身は丁重に扱うように、と」
「分かった。それでいい」

うなずき返し、今度は市中の様子を沙雪に話す。

人死にこそないが、救出作業に手間どっていること。火事場泥棒のような輩も横行していること。

「……では、いまこちらにいる者を最少人数まで減らし、市中の作業と警備にあたらせます」
「ああ。ただし、呼びつけてある商人らには気取られるな。儀式の見物人が減っては困る」
「……はい」
「奴らは商人であると同時に『証人』でもあるんだ。
今回の地揺れの元凶が無くなったことを確認させ、方々に触れ回ってもらわなければな。
──お前とて、“神獣”サマが無駄死にするのは望むまい?」

沙雪の返答はなく、顔を強張らせ一点を見つめている。心情的に納得のいかないことを、必死に己に言い聞かせているのだろう。

「それに、次代の白い“神獣”が“花嫁”に宿っていると民が知れば、少しは気休めにはなろうよ。嘆くばかりの事態ではないさ」

最悪の状況ではあっても、最低な事態は免れる可能性はある。
“神獣の里”の長へ願って授かる“神獣”は、数年とも数十年かかるとも言われているからだ。

(ただし、本当に咲耶が“神獣の仔”を孕んでいればの話だがな)

生真面目な男装いの配下は、あの腹の読めない“神官長”の言葉を信じきっているようだが、自分はそうではなかった。