「……ケガレは、(はら)えたのかの?」

咲耶の問いには応えず、おおよそ彼には似つかわしくない憂いを帯びた漆黒の瞳が、咲耶をじっと見つめてきた。

「はい。だから、これから和彰の所に戻るつもりです」

先ほどの闘十郎たちのやり取り。捕縛だの生死は問わないだのと、これではまるで、咲耶が罪人扱いではないか。それより何より──。

「まがつ神って……まさか、和彰のことじゃないですよね?」

まがつ神の伴侶と武官長は言い、その後、咲耶をねめつけた。
他に解釈のしようがないが、そんな扱いをされる(いわ)れがない。
まがつ神、つまり、邪神だなどと。

「……おぬしが“神獣ノ里”へ入っている間、大きめの地震が起きての。
人死にこそ出ておらぬものの、倒壊した家屋にたくさんの者が大怪我をしたのじゃ。
尊臣公はそれを(まが)つびの神獣(かみ)──ハクの仕業と結論づけおった」
「待ってください! 地震と、神……和彰が、なんの関係があるっていうんですか!
そもそも地震は自然災害で、誰かのせいってものではないでしょう!?」

言いがかりとしか思えない尊臣の見解に対し、咲耶は興奮してまくし立てる。闘十郎はそんな咲耶を静かに見返した。

「地震が起こることを予知した者がおる」

告げられた言葉に、咲耶のなかの犬貴が息をのむ気配がした。

「『まがつ神である“神獣・白虎”をこのままにすれば、近いうちに“下総ノ国”に天の災いが起こるだろう』、と」

闘十郎の漆黒の瞳が、呆然とする咲耶を映しだす。少年のものとは思えない老成した声音が続けた。

「愁月が進言したのじゃ」

あえて感情をこめずに言ったような闘十郎であったが、それはまるで、咲耶を突き放すような物言いだった。
……いや、咲耶に向けてというよりも、これは。

「コク殿」

咳払いをして、武官長が咲耶たちの会話をさえぎった。手にした書状と思わしきそれを、かざす。

「もうその辺りで、茶番は止めにしてもらおうか。
こちらの……愁月殿が記されたことが真実(まこと)であるならば、早くこの者──“花嫁”殿を、お連れせねばなるまい」