ほのかな灯りが洞窟内を照らしている。
湯から上がった咲耶は、身にまとう清潔な衣による心地よさと、指の先まで満たす充足感からまどろんでいた。

「……無理をさせてしまったか?」

桜色に染まった自らの手指に、和彰の長い指が絡む。問われた内容よりも、耳に響く気だるい声音に、咲耶の心臓が大きくはねた。

(いやいやいや、私より和彰のほうが……!)

咲耶を後ろから抱きかかえるようにして岩場に腰かけた和彰が、心配そうにこちらをのぞき見てくる。

「咲耶?」
「だ、大丈夫! 全然、平気! むしろなんだか元気になった気がするし!」

言った直後、咲耶は自分の発言に赤面してしまったが、和彰のほうはあっさりと肯定した。

「私もだ。禊の湯の効能というよりは、お前と共に過ごせた時間によるものだろう」

咲耶をつつみこむ腕と声に、優しい力が加わる。

「お前と共に在ることが、私の喜びなのだから」

告げた唇がうなじに触れて、咲耶の身を甘くしびれさせる反面、不安な想いが咲耶の頭をよぎった。

──いま現在が幸福であればあるほど、色濃く咲耶の胸に落ちる(かげ)りの正体。ためらいながらも、咲耶は口を開く。

「和彰。私と最後に会ったときのこと……覚えてる?」
「お前の夢に私が入りこんだ時の事か」

即座に返された答えは予想されたものだ。意を決して、咲耶はさらに踏み込んだ内容を訊く。

「うん。あのとき、和彰が私の所にすぐに来れなかったのは、なんで?」

今回の一件は、そもそも咲耶が呼べばすぐに現れるはずの和彰が、姿を見せなかったことに起因する。

道幻が咲耶のもとにやって来た、あの時。身の危険を察した咲耶の呼び声に白い“神獣”が応じてくれていれば。
堂の床板に転がり(むくろ)となり果てる最期を、あの黒衣の男は迎えなかったのかもしれないのだ──。

「……師に、止められたからだ」

淡々とした物言いに、わずかに憂いが含まれる。和彰にしてはめずらしい声色に、咲耶は和彰を見上げた。

「お前には、常に“眷属”が護りについている。お前が安易に私を頼るのは、お前自身のためにならぬと言われた」