和彰を“神獣”という『神』として、特別に扱おうとした時と同じだ。違うのは、咲耶が和彰の立場になったこと。
大切に想う相手から境界線を引かれる。そこから生まれる、怒りに似た寂しさ。

咲耶は、自分の感情を偽らず、ありのまま犬貴にぶつけた。

「私は、犬貴も犬朗も……それにタンタンや転転(てんてん)も……椿ちゃんも含めて、大切な『家族』みたいに思っているの。
ちょっと怖いけど格好良い『お兄さん』だったり、だらしないけど頼りになる『お兄ちゃん』だったり。
優しく支えてくれる『弟』や甘え上手な『妹』と、しっかり者で可愛いらしい『妹』。
それが、私にとっての……あなたたちなの!」

この世界に、たったひとりで来た自分にとって、彼らの存在が、どれだけの支えであり、かけがえのないものであるか。
それを否定されてしまえば、咲耶はこの世界で生きていけなくなる。

「咲耶様……」

とまどったように咲耶を見返す犬貴に、感極まって目じりににじんだ涙を乱暴にはらう。

「……迷惑だって言われても、私にとって犬貴はすごく大切で、頼りにしている存在なの。
今度そんな風に突き放すような言い方したら、和彰に言いつけてやるから!」

首からかけた和彰の“御珠”の入った袋を、犬貴に見せつけるように突き出す。
我ながら子供のようなすね具合だと恥ずかしくなったが、あとの祭りだ。

「それは……どうか、ご容赦を」

苦笑いのような、それでいて幸せをかみしめるような。
犬貴の声色に含まれた微妙な変化に、咲耶は照れ隠しに黒虎毛の犬の顔をにらみつけた。

この誠実で律儀な“眷属”が、もう一方の“主”の叱責を怖れたからではなく、自分に想いをぶつけた“主”の心を尊重したのだと解っていたからだ──。





「そういえば、私、不思議な夢を見たの」
「夢……で、ございますか?」


わだかまりもとけ、咲耶は朝から気がかりだった夢の内容を、犬貴に話して聞かせた。


「そうですか……」


前を行く犬貴の声が、思案するような響きで相づちをうつ。ややして、ふたたび足を止めた黒虎毛の犬が咲耶と向き合う。

「おそらく咲耶様の御魂(みたま)は、ハク様の過去を旅して来られたのだと思われます。
咲耶様のハク様に対する強い想いと、ハク様からの加護も相まって、そのような現象が起きたのかも知れません」
「和彰の過去……」