木漏れ日の差し込むもとで、精悍(せいかん)な顔つきをした黒い甲斐犬が、咲耶を見下ろしていた。
吹き抜ける冷たい風よりもなお、鋭い声音が辺りに響く。

「咲耶様。咲耶様は、御身に対する危機感がなさすぎます」

犬朗に、いまのうちにとうながされ、赤虎毛の犬がふたたび札に封じ込められる前に、黒虎毛の犬を呼びだした。
直後、咲耶は生真面目で心配性な“眷属”に、説教をくらう羽目になったのである。

「んな怒るようなコトかぁ? お前、深読みし過ぎ。つーか、そのほうがよっぽど咲耶サマに失礼じゃね?」

ふわぁーあ、と、わざとらしいくらいの大あくびで茶々を入れる隻眼の虎毛犬に、咲耶もおずおずと同調する。

「えっと……私、うまく言えないんだけど。
その、犬貴とか犬朗のこと、そういう風に見てなかったのは確かだし、危機感がなかったっていえばそうなんだけど……。
なんていうか、犬朗って『お兄ちゃん』みたいだし……」
「咲耶様……」

あきれたような犬貴の眼差しに思わず首をすくめる咲耶の前で、まるで幼子に言い聞かせるように、生真面目な甲斐犬が口を開く。

「我らは貴女様の手足となる下僕(しもべ)。“主”様の意に添わぬことをしないのが絶対の流儀。
ですが、それも個々の資質と器量次第なのでございます。特にこやつは、何かと破廉恥な行いを繰り返す阿呆。しっかりと公私の区別を(しつ)けていただかなければ。
そもそも、主従で同衾(どうきん)などもってのほかであり──」
「あの、あの、犬貴? お叱りはごもっともなんだけど、早く先に進まないと“神獣ノ里”に私ひとりで行かなくちゃならないわけで……」

長々と続きそうな小言に、申し訳ない気分を抱えつつも、先を急ぎたい咲耶はおそるおそる口をはさむ。
隣で、うっとうしそうに耳の後ろをかきながら、ぼやき口調で犬朗が言った。

「そうそう、せっかくタンタンが初日に近道して、昨日は咲耶サマが遅くまで頑張ってくれてよ?
目的地まであとわずかって時に、お前のツマンねぇ説教でその努力をムダにさせんのかって話だぜ」

瞬間、黒虎毛の犬が短く吠えた。赤虎毛の犬の袷の胸ぐらを乱暴に引っつかむ。

「貴様ッ……なんだそのふてぶてしい態度は! 反省する気は微塵もないな?」