差し出されたのは、長いひもが通された小さな布袋だった。

「これ……御守り袋?」
「いえ、その……大事なハク様の“御珠”を入れるのに、お、お使いいただければと……」
「……タンタンが、作ってくれたの?」

咲耶の言葉にタヌキの耳を伏せ、あわてた素振りで たぬ吉は言い募る。

「あのっ、そ、その……先ほどのように、弾みで落ちてしまうこともあるかと……。
さ、差し出がましいとは、思ったのですが……」

赤くなったり、青くなったり。咲耶の顔色を窺う手先の器用な少年に、咲耶は笑ってみせた。

「ううん、ありがとう。きっと和彰も、これで安心できると思うわ。有り難く使わせてもらうね」

布袋に入れ、首から下げてみせる。それを嬉しそうに見たあと、たぬ吉の垂れぎみの目が下を向いた。

「……ハ、ハク様、早く元のお姿に、お戻りになられると良いですね。このままでは、あまりにもおいたわしい……」

まばたきを繰り返すまつ毛が濡れているのが見え、咲耶は片手を伸ばして たぬ吉の肩を小突いた。

「大丈夫よ。そのために、こうして“神獣ノ里”に向かっているんだから。さ、陽も昇ってきたことだし、そろそろ行こう」
「は、はい!」

──たぬ吉に向けた言葉は、自身に言い聞かせるためのものでもあった。
気を取り直したように咲耶を見る“眷属”と共に、咲耶はふたたび歩き始める。





それは、本当に前触れもなく起きた。
昨日と同様、険しい山道を歩き、一度休憩でもとろうかと、ふたりで話をしている最中であった。

「で、では、そこの……」

言いかけ、たぬ吉が咲耶を振り返った瞬間、ふっ……と、姿がかき消えてしまったのだ。

(うわ~、突然すぎる……)

札を取り出せば、白紙のはずのそこには、タヌキ耳の少年が描かれている。
前と違うのは「封」という達筆な文字が、札に付け加えられたことだった。
これで たぬ吉は、愁月が封印を解かない限り、姿を現せなくなったことになる。

咲耶は憂うつな気分で辺りを見回した。
草木に囲まれた森のなか。弱くはあるが陽も差しこんでくるため、多少は暖かい。
たぬ吉が手にしていた地図を拾い上げ、ひとまず河原のほうへと向かう。