咲耶は愁月から“神獣の里”の入り口に関し、大まかに伝えられていた。
皮肉にも“神官”という立場上、愁月はこの国の誰よりも“神獣”に関わる一切を知り尽くしている。

「そなたが無事に“神獣の里”にたどり着くためには“眷属”らの力が必要であろう?」

そう言って微笑み、三枚の札と“神獣の里”までの地図を手渡してきた愁月。
真意は解らないが、咲耶が“神力”を()くしたままでいることを、望んでいないのは確かだろう。

(綾乃さんの『再生』……それだけじゃない、何か)

気にはなるが、いまは和彰の穢れを取り除くことが先決だ。

「じゃあ……行って来るね」

朝日を浴びて、咲耶は椿を振り返る。朝方の肌寒い空気は、意を決した咲耶の身をいっそう引き締めさせた。

「いってらっしゃいませ、姫さま。……道中、どうぞお気をつけて」

心配そうに咲耶を見る椿に、しっかりとうなずき返し、咲耶は歩きだした。





以前“神獣の里”に行った時は犬貴が“影”に入っていたので、あっという間に目的地に着けたが今回は違う。
幸か不幸か、咲耶の魂には未だ和彰の加護があり、“眷属”らが咲耶に同化できない状態にあるからだ。

そして──。

「タンタン……じゃない、たぬ(きち)

タヌキ耳の少年が描かれた札に向かい、慣れた愛称でなく正式名称で呼びかける。
すると、墨で描かれた線がしゅるしゅると糸のように札から空中に飛び出し、やがて実体を現した。

「……っ……こ、ここは……咲耶様!」

地に足を着け、たぬ吉は辺りを見回したあと、咲耶に視線を定めた。あわてたように咲耶に近づき、両肩をつかんでくる。

「ご、ご無事ですかっ? ……よか、良かったぁ……!」

獣耳をピンと立て、真剣な眼差しで咲耶を見つめた直後、へなへなとその場にくずれ落ちた。

咲耶は、自分の身よりも“主”を気遣う心優しい少年にほだされつつも、()然と言い放つ。

「タンタン、時間がないの。詳しくは歩きながら話すから、立ち上がってちょうだい」