「自分トコの家人(けにん)を人質にしてんのかよ?」
「そ、そんな、ひどいっ……!」
「咲耶さまがウカツに手出しできないよう、企んでやがったんだ、このキツネ親父っ!」

犬朗の言葉に非難を示した たぬ吉と転々を、愁月は変わらぬ笑みで見返した。庭にいる鈴虫の鳴き声でも、聞くかのように。

「これは異なことを。そなたらを我が屋敷に丁重に招くためにしただけのこと。
……しかし、気に入らぬのなら別の手段を用いなければなるまいな」

愁月の眼差しが、咲耶の返答を待つ。

和彰を取るか、見も知らぬ愁月の屋敷に仕える者らを取るか。
二択しかないような錯覚を起こさせつつも、その実、愁月が問うているのは別のことだと咲耶は気づく。

(私には、“神力”がある……)

犬貴の言うとおり、和彰を第一に考え“眷属”たちの力を借り、強引に愁月から引き離し、自分のもとへと連れ戻す。
そうすることによって仮に犠牲者が出たとしても、咲耶は己のもつ『治癒と再生』で救うことができるのだ。

だが──。

(それは、道幻が私にさせたことと同じ)

たとえどんな大義名分があろうとも、なんの罪もない者を傷つけておいて救うなど、思い上がり以外の何物でもない。

(和彰)

心のうちであっても、名を呼べば咲耶のもとに来るはずの存在。
来ないのは……いや、来られない(・・・・・)のは愁月が何らかの妨害をしているからだろう。

(和彰……!)

咲耶は白い“(あと)”のある右手の甲を左手でぎゅっと包みこんだ。大きく息をつき、和彰が慕っていた目の前の男を見据える。

「……力づくで、あなたをどうこうする気はありません。私はただ、和彰と会って、話がしたいんです」

咲耶の呼びかけに応えず、咲耶を感情のない瞳で映す者となっていたとしても──。

「それがそなたの選択か。……では、共に屋敷内へ参ろうぞ」

満足そうにうなずき、衣をひるがえす。愁月のあとに、咲耶と“眷属”たちも続いた。

──一触即発。その空気がゆるんだと、誰もが感じたであろう一瞬だった──ただ一人を除いては。

「咲耶。私が用があるのは先ほども申した通り、そなただけ」