“下総ノ国”の“神官”であり和彰の育ての親でもある賀茂愁月が、咲耶に向かい微笑んでいる。

「……表から入れないようになされたのは、そちらですよね?」

のどに声が張りつくような緊張からか、咲耶の声はかすれ、わずかに震えていた。
愁月の笑みが、なお、深まる。

「おかしなことを。人であるそなたなら、問題なく入れたはずだが?」

言外に、咲耶以外は屋敷に入れる気がなかったことを告げていた。咲耶は思わず両拳を握りしめる。

「和彰が……もう、一ヶ月以上、屋敷に戻ってないんです」
「あれの居どころを尋ねるために、このような方法を用いたと申すか」

やわらかな口調に咲耶を責める響きはない。それだけに得体の知れない気味の悪さが愁月にはつきまとう。

薄く笑い細められた目に咲耶を試すような光が宿っているのが見え、愁月がもつ独特の雰囲気にのまれそうになる。
そんな自分をかろうじて押し留め、咲耶は単刀直入な返答を投げた。

「いいえ。私の知っている和彰(・・・・・・・・・)を、あなたから返してもらうために来たんです」

咲耶の決意が示されたと同時に“眷属”たちの敵意が愁月へと向けられる。
攻撃と防御が、いつでも行える態勢。愁月の応じ方次第で、どちらにでも動くのだという宣戦布告だった。

「……よく、手なずけておるな。あれにしても、そう」

繰り返される『あれ』という呼び方に、咲耶のなかにあった恐怖心は薄れ、嫌悪に変わっていく。

(親しみをこめて言ってるんだと思ってた)

──いままでは。

和彰から信頼され、愁月のほうも和彰を大切に想ってくれているのだと。
だが、犬貴の推察通り、愁月が和彰を自らの私怨をはらすために利用したのだとしたら、その本質が、まるで変わってしまう。

(『尊臣の忠実な官吏』だって、百合子さんは言ってた)

和彰たち“神獣”の存在を駒扱いする者の──。

「あれだなんて、言わないでください。和彰は、あなたの『物』なんかじゃないっ……!」