底冷えを誘うような声音が、自分の口をついてでた。突風が、子供と男親のあいだを、裂く。

(わらわ)を“供物”と蔑むとはの。今はこの身にあらぬ“神力(しんりき)”も、じきにいかようにも遣いこなせるはずじゃ。その時に後悔しても、知らぬぞえ?
──目障りじゃ、()ね!」

一喝と共に意に反して動く咲耶の右手。立ち去れと、親子を追い払うようなしぐさをして見せる。
咲耶の豹変に震えあがった父親は、子供を抱きかかえ、抜け出てきた茂みへともぐり、逃げて行く。
と、同時に、咲耶の身体から力が抜けた。地面に倒れこみそうになる刹那、犬貴の腕が咲耶を支えた。

「──申し訳ございません、咲耶様」

本当に申し訳なさが表れた声。咲耶は、言ってやろうとしていたことの半分も、言えない自分を感じた。

「……だね? いまのは、ちょっと……やりすぎだと思うよ……?」

傍観者のような立場からすると、犬貴は、道に迷った親子を怖がらせただけのようにも見える。

だが一方で、“神獣”として(あが)められていると思っていたハクコ達が、実は権力者の愛玩動物扱いされているのだという認識が、咲耶のなかに加わった。
だからこそ、忠実で律儀そうな犬貴が【怒った】のだろう。

咲耶は深呼吸した。……情報量が少なすぎて、ずっと自分の立ち位置がつかめずにいた。
だから、判断できないことは、先延ばししてきてしまった。


(でも、それじゃ、いけなかったのかもしれない)


椿に「姫さま」と呼ばれ、犬貴に「咲耶様」と敬われ、いい気になっていた。まるで『裸の王様』だ。
犬貴は“眷属”である自らのことを、ハクコと咲耶の『盾』であり『剣』であると、初めに言っていた。

そしてハクコは、
「お前が、私の主であるという、証だ」
と言い、咲耶に『白い痕』をつけた。
つまり──【扱うべきは】、咲耶のほうなのだ。


(私に何ができるかは分からないけど)


椿も犬貴も、そして、ハクコも。こんな自分を頼りにしてくれている。
それが盲目的な根拠のない信頼だとしても、咲耶は彼らの一途な眼差しに、応えたいと思ってしまった。


「【犬貴】」


呼びかけに賢い“眷属”は気づいたのだろう──【仮の主】が主たる己を主張しようとしていることを。
ゆっくりと咲耶から離れ、片ひざをつき、(こうべ)を垂れた。