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雷鳴が轟いている。
叩きつけるように降りだした豪雨は、しかし、地中を“隠形(おんぎょう)”してきた彼らの全身を濡らすことはなかった。

不動明王像がまつられた仏堂のなか。
黒衣の男は己の流した血だまりへ顔をつけ、すでにこときれている。その傍らに、彼らの“主”はいた。

──巧妙な罠によって、目の前から奪われてしまった“主”。
完全に断たれてしまった彼女の『気』は、唐突ともいえるほどに切実な『心の悲鳴』と共に、彼らのもとに届いた。

「咲耶サマ!」

床に身体を伏し、気を失っているらしい“主”に駆け寄り抱き上げたのは、赤い甲斐犬のほうだった。
黒い甲斐犬は、姿を形成したまま、その場にとどまっている。

(……咲耶様……!)

「お願い」と託され、調べた空間に『罠』はなかった(・・・・)。そこにあったのは、“花子”の少女の遺体だけ。

(あの男は、何もかも椿を利用していた)

椿を(かどわ)かし手にかけることによって、咲耶の心情に付け入り“神力”を遣わせるために。

椿の蘇生(そせい)は想定内。
さらに、その瞬間に転移が発動する“(まじない)”を仕込んでいたのだ。椿が立ち上がることを発動条件としていたに違いない。

(見落としがあったのだ)

隠された“呪”を発見できなかった己の手落ち。そんな自分に、“主”に駆け寄る資格などない。

「旦那の匂いがするな……」
「ああ」

無惨な遺体に一瞥(いちべつ)をくれ、犬貴は、この場にいない“主”が残した手がかりを知る。

(ハク様の匂いにわずかに混じる、この(こう)──)

()いだ覚えのあるものだ。
……必ず意味があるのだろうと従った、あの日の記憶が犬貴のなかでよみがえる。

「これは……旦那の仕業か?」
「おそらくは。だが──」
「旦那の意思じゃねぇ! ンなこたぁ、解ってるさっ……」

犬朗が、吐き捨てるようにして、言葉をさえぎる。
事の本質を見極める材料(・・)が犬貴より少なくとも、“主”二人に寄せる想いは同じだった。

(犬朗も、ハク様が咲耶様の前で、このような振る舞いをなさるはずがないと、解っているのだ)