咲耶の言葉に、椿が頬を染める。次いで、にっこりと微笑んだ。

「姫さまは、率直な物言いをなさるのですね。ハク様も、お幸せですわね」

なんの気なしに口をついた言葉が誤解を招いている。咲耶は否定しかけたが、それよりも前に、椿が語りだした。

「わたし……ハク様にお仕えするのは、少し……ほんの少しですけれど、その……おそろしかったのです。
ハク様は、他の虎さま方と違うって聞いておりましたし、実際にお側にあってからも近寄りがたくて……」

咲耶の顔色を窺うように、ためらいながら話す椿に、咲耶は、初めて歳相応の少女の姿を見た気がした。

「何をお考えになられているのか分からないと申しましょうか……。
もちろん、“神獣”という尊い御方であられるわけですから、わたしのような下々の者が、お心うちを察するなど、おこがましいのかもしれませんが──」

そこまで言いかけ、椿は、ハッとしたように口もとを押さえた。いきなり、その場にひれ伏す。

「申し訳ございません! つい、出すぎた口を……!」

咲耶は、あわてて椿の側に座りこんだ。

「いやいや、椿ちゃん。そんな気にしないで? 正直、椿ちゃんがそういう風に感じるのも、ムリない話だと思うし……」

初めて会った時の、ハクコの冴え冴えとした眼差しを思いだす。

三十年近く生きてきた咲耶ですらすくんだのだ。
ハクコの感情のない話し方や態度に、年端も行かぬ者が気後れしてしまうのは、当然のことだろう。
むしろ咲耶は、隙のない少女に見えた椿の本心が聞けて、ホッとしたくらいだ。

“花子”という役目からすれば、褒められた言動ではないのかもしれない。
そして、仮にも“対の方”などと言われる自分なのだから、ハクコのために、椿をたしなめる必要も、あるのかもしれない。
だが咲耶は、まだ【この世界のこともハクコのことも】よく解っていない。
そういったことは、いえた義理ではないだろう。

(それに、いい歳した男が、こんな少女に気を遣わせるって、どうなのよ……)

きちんと訊いたわけではないが、ハクコの人姿は二十四五の大人の男性だ。そのくらいの年齢なら、もう少し他人に対する気遣いができても、よいのではないだろうか。

(人から疎まれてる、みたいなことも言ってたから、ひょっとしたら、何かヤな思いもしたのかもしれないけどさ)

恐縮して謝り続ける椿をなだめながら、今夜ハクコが帰ってきたら、少し説教してやろうか、などと、咲耶は考えていた。