見慣れたはずの、けれども、どこか違う屋敷の風景。
誰かの記憶を覗いているような、知るはずのない景色を知ってしまったような感覚。

いわゆる既視感というものだろうか?
それは、夢で見た情景を思いだす感覚に似ていると、咲耶(さくや)は思った。

内庭にある大きな樫の木。あの枝に犬貴(いぬき)によって吊されていた犬朗(けんろう)は、いまどこにいるのだろう。

長い廊下を歩く咲耶の目の端に、椿(つばき)が先日、部屋に活けてくれた菊の花が映る。

(みんな……どこ……?)

咲耶の視界がぼんやりとして薄暗いのは、曇り空のせいなのか。
“花子”も“眷属”たちも、いる気配がしない屋敷を、力ない足取りで咲耶は歩く。

奥まった場所にある自室の障子を開けたとたん、薄墨で描いたような世界だったものに、紅色が差しこまれた。

「────……っ!」

ひきつった声が、のどの奥で止まる。
信じられない光景に固まった身体を無理やり動かし、横たわっている少女に歩み寄った。

「……つば……き、ちゃん……?」

ぴくりともしない“花子”の少女の名を呼びかける。

着ている質素な衣は、いつも椿が身にまとっていた物だ。
しかし、(あけ)に染まってよく判らない顔と、手足のない身体に咲耶の全身が震える。
衝撃のあまり、涙がこぼれ落ちた。

「……っ……いやぁっ……!」

力いっぱい泣き叫ぶ咲耶の頭に響く、断罪の声。


『治癒は(いと)わぬが、再生は拒む。近しい者にあっても、()は変わらぬか?』

「……な、に……? ……っ……なん……なの……?」


嗚咽(おえつ)まじりに咲耶は声の持ち主を探す。

まるで咲耶とその問答をするためだけに、椿をこんな目に()わせたのだといわんばかりの問いかけ。
咲耶の心のうちに、憤りの荒い感情がわきあがる。

「椿ちゃ……が……っ……何を……たって……言うの、よっ……!」

首をめぐらせ、怒鳴りつけても声の持ち主が見当たらない。黒衣のギョロ目の男の姿はなく、声だけが咲耶の頭に響く。