咲耶から手渡された組紐(くみひも)を、椿は大事そうに抱え微笑んだ。
が、直後にぽろぽろと大粒の涙をこぼし、泣きだしてしまったのだった。

(まさか泣かれるとはね)

自分が今まで椿からしてもらったことを考えれば、大した『贈り物』ではなく、かえって申し訳ないような代物だったのだが。

“主”から『感謝の意』がこめられた形ある物を“下賜(かし)”されることは、名誉なことなのだと椿が泣きながら教えてくれた。

「こんな『姫』で、がっかりしたんじゃない?」

キヌから聞いた話を思いだして冗談まじりに訊けば、ようやく泣き止んだ椿は可愛らしい微笑みを浮かべ、首を横に振った。

「いいえ、わたしのような者にも親しんでくださる優しい姫さまで感激いたしました。
……その、考えていたよりは、お歳を召されていたのには驚きましたけど」

付け加えられたひとことに、椿の本音がかいま見えた。無理もない話だと、咲耶は苦笑した。

「──咲耶さま! 道、違いますよ」

隣を軽やかに並走していたキジトラの猫・転々(てんてん)に言われ、咲耶は回想から現実へと舞い戻った。

走り慣れた山中の獣道。
体力作りに費やした時間に比例し、同じような景色にあっても道筋は分かるようになっていたが、確かに違う道に入って来たようだ。

白い息を吐きながら辺りを見回した咲耶のもとへ、正しい道順で走っていたタヌキ耳の少年・たぬ(きち)が、呼びかけながら戻ってくる。

「さ、咲耶様ーっ。だだ大丈夫、ですかー? ……少し、休まれますか?」
「ううん、平気。前は確かにすぐにバテちゃったけどね、いまは……」

ふいに咲耶の鼻腔(びくう)を、かぐわしい花の香がつく。沈丁花だ。
咲耶は昔から、この花の匂いが好きだった。

「どうかなすったんですか、咲耶さま?」

不思議そうに転々に見上げられ、咲耶は香りを吸い込みながら応える。

「うん。良い匂いがするなぁと思って」
「じ、沈丁花、ですよね? あれ、でも、まだ時期が早いような……」
「誰かいる!」

言いかけたたぬ吉がタヌキの耳をぴくりと動かすのと、転々が声をあげるのが同時だった。