遠くでカラスの鳴き声がする。

咲耶は、薄暗くなりつつある森の小道を歩きながら、前を歩く虎次郎に遅れをとらないように、かといって近づき過ぎないようにしていた。

「……“つぼみ”って、一体なんのこ──きゃっ……」

さすがに黙々と歩き続けるのに飽きた咲耶が問いかける。木の根につまずいた咲耶を見下ろし、虎次郎がふっと笑った。

「……俺は、手を貸すべきか?」
「結構よ! で? “つぼみ”って何!?」

即座にはねつけ、ふたたび尋ねれば、わずかに口角を上げた虎次郎の片腕が伸びて、咲耶の手をつかんだ。
……反抗は逆効果だとさとったものの、すでに疲労のたまりつつある身体は、楽なほうへと流れた。

「“つぼみ”とは──」

高くなった斜面の上へと虎次郎が咲耶を引き上げる。そのまま咲耶の手を引き、道なき道へと入りこんだ。

「この国では“花子”になる前段階の者をいうんだ。早い話が、見習いだな」
「それで……“つぼみ”?」
「そうだ。“つぼみ”のいる(いおり)でこの数日のうちに流行り病にかかる者が増えてな。
幼子がかかるぶんには『必要な罹患(りかん)』であっても、大人がかかっては……──」

木々の合間をぬうように歩く虎次郎。連れられて進む咲耶は、すでに方向感覚を無くしていたが、虎次郎の足に迷いはなかった。
と、その虎次郎が顔を上向け、眉をひそめた。

「いやにカラスが騒ぐな……」

言われてみれば、夕暮れ時の鳴き方にしては騒々しく、咲耶も不審に思って天を仰ぐ。
が、幾重にも木の葉に覆われ、その向こうの様子は見えにくかった。
瞬間、虎次郎が舌打ちし、咲耶を抱えこむようにして地に伏せた。

「ちょっと、なにっ……!?」

背中を地面にしたたか打ちつけられ、驚く咲耶の耳に、クェーッという甲高く奇妙な鳴き声が突きささる。
次いで、砂ぼこりが立ち、咲耶は反射的に目をつぶった。

突風が吹き抜けたかと思ったが、それは何か大きな鳥の羽ばたきによるものだと、遅れ聞こえた音が伝えた。