頭上から降り注ぐ陽の光が川面にきらめいて、せせらぎが慣れない馬上での疲れを癒やすように、咲耶の耳を憩う。

沙雪と馬が離れたとたん、咲耶の背後に煙のようなものが浮かび上がる。直後にそれは、赤虎毛の甲斐犬の形を成した。

「先代ってコトは、ハクの旦那の親神サマだよな。──ん? 『仮』のまま亡くなった……?」

ずっと地中に“隠形(おんぎょう)”していた犬朗が、そこで初めて口をはさんできた。

最初、咲耶の“影”に入ろうとしたものの、それでは馬がおびえるだろうという沙雪の指摘に応じてのことだった。

首をひねった犬朗に対して、馬に水をやりながら沙雪が言いにくそうに口を開く。

「これは……内々の者しか知らぬことですが……。先代のハク様は、自らの“対の方”を……手にかけた(・・・・・)のでございます」
「えっ……」

あまりのことに咲耶は言葉を失った。それは、つまり──。

「ハクの旦那の親神サマは、自分の伴侶を(あや)めたってぇコトかよ……?」

苦いものを含んだように、犬朗の鼻にしわが寄る。口にするのも汚らわしいといった感じだ。

「それは……何か、深い理由があっての、こと、ですよ、ね……?」

そうあって欲しいとの願いから咲耶が言うも、沙雪の首は横に振られた。

「いいえ。先代のお言葉を借りれば『役に立たぬ(つい)は不用。ゆえに(わらわ)仕留めた(・・・・)のじゃ』と」

思わず咲耶は目をしばたたく。自らの認識が、根底からくつがえされたからだ。

「待ってください! 『妾』ってことは……先代のハクコは、女の人、ですか……!?」
「はい。神女(しんにょ)様でございました」

沙雪の肯定に、咲耶は目をつむる。
脳裏で何かがつながりそうな感覚がしたとき、沙雪が言いつないだ。

「そして、当代のハク様を身籠られたのち、お隠れになられた……。
当代のハク様が『めずらしい獣』として民から献上されたとき、初めて代替わりがなされたと、皆に知れ渡ったのです」