「やだな、犬貴ってば、おおげさ……」

ところが犬貴は、深く澄んだ真剣な眼差しで、じっと咲耶を見返してきた。その声に、力がこもる。

「いいえ、咲耶様。どうか、これだけは。
我らは、姿形や異能の力、そもそもの存在理由から、人々からは忌み嫌われるモノにございます。
それを“眷属”として召し抱え行使するは、よほどの清き心根と、正邪を見極める心眼がなければなりません。
……そうでなければ、我らの闇にのまれてしまう……」

つぶやくように、か細くなる声音。
いっそう強まる風に揺らされた木々の放つざわめきが、犬貴の言葉をかき消してしまいそうだった。

「我らは、ハク様の御力により『清き器』である“仮宿(かりやど)”という肉体を与えられた存在なのでございます。
だからこそ」

言った犬貴の前足が、うやうやしく自らの肩に触れた咲耶の手を取る。

「このようにあたたかな御手に触れることも叶うのでございます。
そして、そのような『不浄のモノ』と関わり己を保つには、先ほど私が述べた通りの『御心』がなければ……到底、つとまるものではございません」
「──犬貴は私に、その資格があると、思っているの?」
「はい」

逡巡(しゅんじゅん)する間もなくうなずいてみせる、忠実で生真面目な“眷属”。
咲耶は、自分は一生この誇り高き虎毛犬には、かなわないだろうと思った。

ささやかな意趣返しの気分から、いたずらな笑みが浮かぶ。

「ずるいなぁ、犬貴は」
「……おそれながら、それはどういう……」

驚いたように咲耶を見上げる黒い甲斐犬の前足を、ぽん、と、叩いてやる。

「──私は、そんな御大層な人間じゃない。でも、そういう者(・・・・・)だって、信じてくれる存在がいるのなら、そうありたい(・・・・・・)って思う人間では、あるんだよね」

身体を起こして、咲耶は自らの“眷属”に告げる。

「行こっか、犬貴。私がそうあるためには、まだまだ知らなきゃならないことが、あるから」
「──……仰せのままに」

応える犬貴を見届け、咲耶はセキコの屋敷へ向かう歩を進める。

天から舞い降りた白い結晶は、辺りを冷たく彩り始めていたが、咲耶の身は暖かく、心は晴れていた。
すべては、自らが信頼する“眷属”の不可思議な力と、“主”に対して寄せられた真心によって。