ひんやりとした手が、頬に触れる。心地よい感覚に、咲耶はまぶたを上げようとするが、それは半ばで止まってしまった。
ぼやけた視界に、人の形をした影が入ってくる。

「──なぜ、私を呼ばなかった」

のぞきこむ影が放つ、低い声音。問いかけというよりも、自責の念にかられた響きの声に、咲耶は口を開く。

「……ずあ……」

呼びかけは、名前にはならなかった。だが、思うように出ない声は、本人には伝わったようだ。

「──遅い」

言った唇があえぐ唇をふさぎ、冷たい指先が額に落ちた髪を()くようになでる。
唇も指も、咲耶の熱を奪う勢いで冷たいのに、くちづけも愛撫(あいぶ)も、泣きたくなるほどに優しいものだった。

身体は未だ思うように動かせないが、和彰の表情に乏しい整った容貌(ようぼう)だけは、咲耶の目に、はっきりと映るようになる。
犬朗の言っていた「生命力を分けてもらう」という意味が、やっと解った気がした。

「……禁足地に入ったと聞いた。あそこには、まからんやまぐもやふなたかざんはがちがいる。
いずれも、神経に害を及ぼす毒をもち、刺されれば命はないと聞く。だからこその『禁足地』なのだ。
それをお前は──」

聞き慣れない単語を交えながら、和彰が説明をし始める。

孝太の父親を救出に行った山中で“神力(ちから)”を奮った。
思えば、集中して治癒にあたったあの時、和彰のいう『なんたらかんたら』に刺されたのであろう。
自分の身に起こったことは解ったが──。

(この状況で小言を言われるなんて……)

次第にはっきりとする意識のなか、咲耶はふたたび気を失いたい思いにかられた。
と、同時に、身体の(しん)を襲うかのような鋭い痛みが、大きな痙攣(けいれん)を引き起こした。

(……っ……!)

力を入れて痛みに対抗しようとするも、思うように力が入らない。そこへまた、痛みがやってくる。
朦朧(もうろう)とした意識のなかでも、幾度となく繰り返された激痛。