「ふん。“花嫁”であるがゆえに死にきれぬというわけか。おまけに、人の病や怪我は治せても、己の治癒はできぬときた。
……つくづく面倒な女だな。いっそ俺が、(とど)めをさしてやろうか」

「若、言葉が過ぎますよ? それより、姫の“眷属”をどうにかせねば。問題を起こすことのないよう、虎次郎に頼まねば(・・・・・・・・)なりませんね」

「……放っておけば、狼藉(ろうぜき)をはたらき、処分できたかもしれんものを。時々、お前の気の回し方に嫌気がさす」

「お褒めの言葉と頂戴いたします。
愁月殿の屋敷には、先ほど使いをやりました。じきに、ハク様もおみえになるかと」

「ならば、俺は去る。あのむかつく犬畜生らにも、このことを伝えねばならんしな。あとはお前に任せる」

「……最初から、わたくしひとりに任せていただければ、姫との交渉も滞りなく済んだでしょうに……」

「知るか。こいつは、いちいち俺の(かん)にさわる。仕方あるまい」

浮かびかけた咲耶の意識は、男の捨て台詞と女の溜息を最後に、ふたたび沈んでいく──。





「お待ちください、ハク様。これ以上は困ります……!」

複数の足音と衣ずれ、制止しようとする女の、張りの失せた声。

「──ハク殿。今は、白の姫君を静かに寝かされよ」

すぐ側で放たれた聞き覚えのあるやわらかな声は、しかし低く、口調も改まっている。

「この者は私の“花嫁”。急ぎ連れ帰るが道理」

「……しかし、薬師も手をこまねいておったが?」

「ならばなおのこと、我が屋敷に連れて行く。尊臣様の手をわずらわせることではない」

「では、牛車(くるま)を──」

「必要ない。失礼する」

ふわり、と、自由の利かない身体が宙に浮く感覚がした。
つつまれるぬくもりは、咲耶のよく知ったもので。安堵(あんど)と共に、思わず身を寄せた──。