和彰は未だ変わらずに、自ら師と仰ぐ“下総ノ国”の“神官”である賀茂(かもの)愁月(しゅうげつ)のもとに通い、教えを乞うていた。

もっとも、和彰から聞いた話からすると、愁月がもつ蔵書を片っ端から読みあさり、和彰が疑問に思ったことに愁月が答えるという図式らしいが。

(正直、複雑っちゃ、複雑なんだけどね)

和彰を出世の道具にし、また、咲耶に追捕の令を下した“国司”尊臣(たかおみ)の忠実な官吏だという、愁月。
咲耶の印象は、最悪なものでしかない。
そして、顔を合わせた時に見せたあの、何もかも先を見越しているような、得体のしれない微笑みと眼差し。
腹の読めない男だということだけは、間違いないだろう。

(でも、ハ──和彰の親代わりみたいな人っていうのは、どうしようもない事実だし……)

どのような経緯(いきさつ)かは知らないが、和彰を育て、和彰自身からも信頼を得ている。
和彰は愁月のことを多くは語らないが、彼の言葉の端々から、そうと窺うことができた。

ちなみに、以前は一緒にしていた寝所も、いまの咲耶と和彰は別だった。
これも、和彰によれば愁月からの助言らしく、

「時が来るまで、寝所は別にするといいと、師に言われた」

と、あっさり咲耶に告げて、和彰は咲耶と共寝をしなくなっていた。
その代わりなのかどうか、床に就く前、和彰が咲耶の部屋を訪れるという奇妙な習慣が始まったのだが。

(時が来るまでって、いったい、なんの『時』なのよ?)

咲耶の考えすぎかもしれないが、自分たちの進む道を、愁月がお膳立てしているような気さえしてしまう。
何か、意図的なものを感じるのだ──。

「姫さま、よろしいですか?」

ふいに椿から声がかかり、咲耶は我に返った。あわてて、それまでしていた作業をやめ、うるし塗りの小箱に手にした()をしまう。
──椿に見られては、まずいのだ。

「えっと…………はい、どうぞ」
「失礼いたします」

咲耶の返事を受けて、椿が室内に入ってくる。
昼前のいまは、普段なら“(いち)”と呼ばれる場所に食材や日用品を買い出しに行っているはずだが、今日はまだ、屋敷にいたようだ。