“神力”を得た咲耶への追捕の令は、即日中に撤回された。

また、“治天(ちてん)(きみ)”と呼ばれる“陽ノ元”の統治者より『正式に“国獣”ハクコの“花嫁”として認める』との“宣旨(せんじ)”が下った。

「認めるも認めないも、アンタがハクの“花嫁”である事実は変えようがないんだけどね。
形式にこだわって権勢を振るいたいだけだから、黙って受け取っておきなさい?
拒んで面倒なことになることはあっても、受けて損することはないから」

と、“宣旨”の使者が来る数日前に、セキコ・茜が教えてくれた。

咲耶は、“花子”である椿に使者を持て成す礼儀作法を習い、丁重に“宣下(せんげ)”を受けたのだった。





「──犬朗、調子はどう?」

西日が差し込む部屋の障子を開け咲耶はためらいがちに声をかける。
陽が落ちるのが早くなり、日中でもかなり肌寒くなってきていた。

咲耶とハクコの“眷属”のうち、追捕の者らを引き寄せる(おとり)となった転々と たぬ吉は、うまく逃げられ無傷であった。

しかし、“神獣”であるコクコ・闘十郎と、その“花嫁”・百合子を留めおくために力を奮った犬朗と犬貴は、無傷というわけにはいかなかった。

犬貴は全身傷だらけの血まみれ姿でいて、咲耶は卒倒しかけたが、すぐに自らの“神力”によって助けられることをさとり、力を尽くした。

だが、次に向かった犬朗のもとにたどり着いたときには貧血に似たような症状に見舞われてしまい、瀕死(ひんし)の重傷を負っていた犬朗に対し、充分な治癒をほどこせなかったのだ。

「もう大分いいぜ、咲耶サマ? だから、そんな顔しないでくれよ」

屋敷の一室をあてがわれた犬朗は、居心地が悪いといわんばかりに部屋の隅で壁に身体を預けたまま、隻眼で咲耶を見上げた。

部屋の中央には椿が整えたであろう布団が、使われた様子もなく敷かれている。
咲耶は“眷属”たちの習性のようなものをすべて知り得ていないため分からないが、ひょっとしたら床に就くことはないのかもしれない。