ふたたび咲耶が、前に向き直ろうとし身体をひねりかけたと同時に、矢が放たれる。
視界の端で捕えた咲耶は、矢よりも速く、自分に向かってくる白い軌跡をも捕えた──!
傍から見れば、咲耶は第四の死に方を提示されたようなものだった。
美しい白い毛並みの猛獣が、咲耶に襲いかかるようにして、覆いかぶさったのだから。
『──咲耶、待たせた』
素っ気ないほど飾り気のない言葉が、咲耶の内側で響く。
一瞬にして咲耶の胸に、熱情が宿った。こみあげる激しい想いに身を任せるように、両腕を上げ、白い獣の首の後ろに回す。
「ハク……待ってたよ……!」
──そのまま、“仮の花嫁”と“神獣”は、奈落の底のような崖下へと、落ちて行ったのだった……。
あたたかく、やわらかい被毛に包まれた自分を実感するのは、何日ぶりだろう。
咲耶は、このままずっとまどろんでいたいと願い、腕を下ろし、楽な体勢をとろうとした──その手に、ヌルリとした、嫌な感触を覚えるまでは。
夢心地から一転して、目を開ける。
崖から落ちた瞬間、どこかで、死んでもいいと思った自分がいた。
死んでもいい、もう何日も会うことのなかった自らの半身のような存在と、ふたたび出逢えたのだから。
あの刹那、死への恐怖をはるかに越える想いが、咲耶のなかに灯ったはずだった。
「ハク!?」
その想いの果てが目の前のハクコの姿だとしたら、思いもよらない結末だとしか言い様がない。
激しく上下する、腹部。閉じられた、青いはずの瞳。わずかに開かれた口もとから、舌と牙がのぞき、苦しそうにあえいでいる。
いつかの朝のように咲耶の下敷きになっているハクコは、しかし今は、獣の姿でいて。
薄い黒の縞模様がある背中から、白いふさふさとした胸にかけて、一本の矢に貫かれていた。
「ハク!!」
馬鹿のひとつ覚えのように、咲耶は彼の仮の名しか叫べない。
白い毛並みを染めあげる、赤い色。
荒くなる呼吸。
……何がなんだか、分からない。
『死ぬぞ』
突然その声が、咲耶の耳に入ってきた。年若い女の声だった。
視界の端で捕えた咲耶は、矢よりも速く、自分に向かってくる白い軌跡をも捕えた──!
傍から見れば、咲耶は第四の死に方を提示されたようなものだった。
美しい白い毛並みの猛獣が、咲耶に襲いかかるようにして、覆いかぶさったのだから。
『──咲耶、待たせた』
素っ気ないほど飾り気のない言葉が、咲耶の内側で響く。
一瞬にして咲耶の胸に、熱情が宿った。こみあげる激しい想いに身を任せるように、両腕を上げ、白い獣の首の後ろに回す。
「ハク……待ってたよ……!」
──そのまま、“仮の花嫁”と“神獣”は、奈落の底のような崖下へと、落ちて行ったのだった……。
あたたかく、やわらかい被毛に包まれた自分を実感するのは、何日ぶりだろう。
咲耶は、このままずっとまどろんでいたいと願い、腕を下ろし、楽な体勢をとろうとした──その手に、ヌルリとした、嫌な感触を覚えるまでは。
夢心地から一転して、目を開ける。
崖から落ちた瞬間、どこかで、死んでもいいと思った自分がいた。
死んでもいい、もう何日も会うことのなかった自らの半身のような存在と、ふたたび出逢えたのだから。
あの刹那、死への恐怖をはるかに越える想いが、咲耶のなかに灯ったはずだった。
「ハク!?」
その想いの果てが目の前のハクコの姿だとしたら、思いもよらない結末だとしか言い様がない。
激しく上下する、腹部。閉じられた、青いはずの瞳。わずかに開かれた口もとから、舌と牙がのぞき、苦しそうにあえいでいる。
いつかの朝のように咲耶の下敷きになっているハクコは、しかし今は、獣の姿でいて。
薄い黒の縞模様がある背中から、白いふさふさとした胸にかけて、一本の矢に貫かれていた。
「ハク!!」
馬鹿のひとつ覚えのように、咲耶は彼の仮の名しか叫べない。
白い毛並みを染めあげる、赤い色。
荒くなる呼吸。
……何がなんだか、分からない。
『死ぬぞ』
突然その声が、咲耶の耳に入ってきた。年若い女の声だった。



