当日朝、凛から連絡が来た。
『あたしは高志と二人で行くから』
『なんだよそれ』
『うちらをくっつけた仕返しだぞ』
『最初からそのつもりだったのか』
『結果報告待ってまーす』
凛は今までも、連絡先を交換したり、写真を送ったり、先輩との距離を縮めるきっかけを僕にくれていた。
今回の約束も最初からそういうつもりでセッティングしてくれていたのだろう。
母親に言われたように、凛には感謝しなければいけないんだ。
自分ではこんなふうにできなかっただろう。
僕は先輩と二人だけで行く覚悟を決めた。
とりあえず恥ずかしくない格好をして朝の九時過ぎに家を出た。
歩きながら先輩のことを考えた。
先輩はどんな格好で来るんだろうか。
まさか制服じゃないよね。
先輩はその状況にふさわしい格好になって現れるという。
休日なんだからおそらく私服姿なんだろう。
制服以外の姿を見たことがなかったからまるで想像できなかった。
それよりも、そもそも先輩は現れるんだろうか。
一人で博多に行くことになったらどうしよう。
凛は笑ってくれるだろうけど、さすがにそれはつらい。
糸原駅跨線橋の改札口前には糸原中学の後輩達がいた。
地元の人間はみな知り合いだ。
狭い世間は困る。
中学から高校に変わって関係も切れたはずなのに、どこまでも人の輪でつながっている。
どうせこの中のほとんどが来年は糸原高校の後輩になるんだ。
糸原小学校、糸原中学校、糸原高校。
この辺でバイトを募集したら、履歴書なんかいらないんじゃないか。
やつらは部活の試合に行くらしい。
「先輩ちーす」
「おう」
僕は適当に挨拶して、先に切符を買っておくことにした。
やつらもおそらく同じ電車に乗るんだろうから、どうせばれるんだろうけど、やっぱりなるべく離れたところにいたかった。
博多まで二人分の切符を買ってポケットに入れると、南口に隣接する農協スーパーの方へ移動した。
開店前でまだ照明のついていない花屋の前に女の人がいた。
暗い冷蔵ショーウィンドウの中の花を熱心に見ている。
スカイブルーのニットと淡いグレーのチェスターコートを羽織って、頬の半分までアイボリーのマフラーを柔らかく巻いている。
下は黒のガウチョパンツに黒のショートブーツ。髪型はポニーテールだ。
雑誌から抜け出てきたかのように、見覚えのあるコーディネートだった。
先輩だった。
僕が横に立つと、こちらを向いた。
「待たせちゃいましたか」
「いや、花を見ていた」
僕は心臓が破裂するんじゃないかというくらい緊張した。
真冬なのにこめかみに汗が一筋流れた。
こんなにきれいな女の人とデートするなんて無理だ。
二人きりで歩くなんてできないよ。
凛に助けを求めたくなってしまった。
先輩はまた花屋のウィンドウに見入った。
「私はなぜ花を見ていたんだろう」
「きれいだと思ったんじゃないですか」
「ふうん、これがきれいという気持ちなのか」
先輩は僕の方を向いて一歩間合いを詰めた。
カールした前髪がふわりと揺れる。
「また一つ気持ちを教えてもらったな。こんな時はなんと言うんだったかな」
先輩は少し考えるように視線をそらしてから目を大きく見開いた。
「ありがとう、だったな」
表情に変化はなかったけど、僕には先輩が微笑んだように見えた。
『あたしは高志と二人で行くから』
『なんだよそれ』
『うちらをくっつけた仕返しだぞ』
『最初からそのつもりだったのか』
『結果報告待ってまーす』
凛は今までも、連絡先を交換したり、写真を送ったり、先輩との距離を縮めるきっかけを僕にくれていた。
今回の約束も最初からそういうつもりでセッティングしてくれていたのだろう。
母親に言われたように、凛には感謝しなければいけないんだ。
自分ではこんなふうにできなかっただろう。
僕は先輩と二人だけで行く覚悟を決めた。
とりあえず恥ずかしくない格好をして朝の九時過ぎに家を出た。
歩きながら先輩のことを考えた。
先輩はどんな格好で来るんだろうか。
まさか制服じゃないよね。
先輩はその状況にふさわしい格好になって現れるという。
休日なんだからおそらく私服姿なんだろう。
制服以外の姿を見たことがなかったからまるで想像できなかった。
それよりも、そもそも先輩は現れるんだろうか。
一人で博多に行くことになったらどうしよう。
凛は笑ってくれるだろうけど、さすがにそれはつらい。
糸原駅跨線橋の改札口前には糸原中学の後輩達がいた。
地元の人間はみな知り合いだ。
狭い世間は困る。
中学から高校に変わって関係も切れたはずなのに、どこまでも人の輪でつながっている。
どうせこの中のほとんどが来年は糸原高校の後輩になるんだ。
糸原小学校、糸原中学校、糸原高校。
この辺でバイトを募集したら、履歴書なんかいらないんじゃないか。
やつらは部活の試合に行くらしい。
「先輩ちーす」
「おう」
僕は適当に挨拶して、先に切符を買っておくことにした。
やつらもおそらく同じ電車に乗るんだろうから、どうせばれるんだろうけど、やっぱりなるべく離れたところにいたかった。
博多まで二人分の切符を買ってポケットに入れると、南口に隣接する農協スーパーの方へ移動した。
開店前でまだ照明のついていない花屋の前に女の人がいた。
暗い冷蔵ショーウィンドウの中の花を熱心に見ている。
スカイブルーのニットと淡いグレーのチェスターコートを羽織って、頬の半分までアイボリーのマフラーを柔らかく巻いている。
下は黒のガウチョパンツに黒のショートブーツ。髪型はポニーテールだ。
雑誌から抜け出てきたかのように、見覚えのあるコーディネートだった。
先輩だった。
僕が横に立つと、こちらを向いた。
「待たせちゃいましたか」
「いや、花を見ていた」
僕は心臓が破裂するんじゃないかというくらい緊張した。
真冬なのにこめかみに汗が一筋流れた。
こんなにきれいな女の人とデートするなんて無理だ。
二人きりで歩くなんてできないよ。
凛に助けを求めたくなってしまった。
先輩はまた花屋のウィンドウに見入った。
「私はなぜ花を見ていたんだろう」
「きれいだと思ったんじゃないですか」
「ふうん、これがきれいという気持ちなのか」
先輩は僕の方を向いて一歩間合いを詰めた。
カールした前髪がふわりと揺れる。
「また一つ気持ちを教えてもらったな。こんな時はなんと言うんだったかな」
先輩は少し考えるように視線をそらしてから目を大きく見開いた。
「ありがとう、だったな」
表情に変化はなかったけど、僕には先輩が微笑んだように見えた。