高志が口をぬぐって立ち上がると、凛に向き合った。

「凛、済まなかった。お前のことが好きだって言う気持ちは本気だったけど、俺はひどいことをした」

 高志は深く頭を下げた。

 凛が立ち上がる。

 高志が顔を上げる。

 階段一段分、ちょうど目線が合う。

 凛が拳を後ろに引いた。

「分かったよ。フルスイングで一発殴らせろ」

「おう、気のすむまでやってくれ」

 高志が気をつけの姿勢で目を閉じた。

 でも、凛は殴らなかった。

「いいよ。もう許してあげる。朋樹も証人だし」

 高志が目を開いて凛の手を握った。

 凛は逃げなかった。

「ホントにごめんな。もう絶対にお前を泣かせるようなことはしないからさ」

 高志の言葉を聞きながら凛もうなずいている。

 よかった。

 凛の安らいだ表情は久しぶりに見る。

「ねえ、みんなでデートしようよ」

「みんな?」

「朋樹とまふゆ先輩も一緒に四人で博多に行こうよ」

「僕も?」

 高志の手を握ったまま、凛が僕の方を向いた。

「うん。二人きりだとまだ怖いから。付き添いで来てよ」

 高志が困った顔をしている。

「そうしてくれるか、朋樹」

 仕方がない。

 先輩を誘う口実にもなるし、いいか。

「じゃあ、先輩に聞いてみるよ」

 でも、いつ会えるかな。

 明日、学校帰りに会えるんだろうか。

 明日で試験は終わりか。

 もうすぐ、冬休みだな。

「じゃあ、僕は帰るよ」

「あ、ちょっと待ってくれ、朋樹」

 高志が僕を呼び止めた。

「さっきは殴って悪かった。ありがとうな。俺、凛のこと大事にするからさ。おまえに誓うよ」

「うん、凛も良かったね」

 高志の後ろで凛が僕にベーッと舌を出していた。

 石段を下りようとしたとき、凛が僕を呼んだ。

「朋樹」

 振り向くと凛が高志の頭を押さえ込んで僕に手を振っていた。

「ありがとうね、コイツのために」

 よかった。仲直りできたんだ。

 僕は石段を下りながら空を見上げた。

 またいつもと変わらない毎日がやってくるんだろう。

 今までと同じ毎日が戻ってくるんだろう。

 僕はそれを疑わなかった。

 だって、そのために僕は頑張ったんだから。