「先輩、おはようございます」

 翌朝、食パンマンションの前を通りかかったところで、後ろから声をかけられた。

「ああ、まふゆさん」

 ショートヘアで丸顔の女の子が頬を膨らませて僕をにらんでいた。

「先輩、なんできのう返信くれなかったんですか」

「何も用事がなかったから」

「既読はついたからずっと待ってたんですよ」

「そうなのか。ごめんね」

「先輩って、なんでも『ごめんね』ですよね」

「そうかな」

「ジョークは寒いし、反応は薄いし」

 良いところが何もないな。まあ、それが僕だ。

「オハヨ、朋樹、どうしたの?」

 凛が食パンマンションから出てきた。

「ああ、おはよう」

 僕が凛とあいさつしているのをまふゆさんがじろっと見ている。

 僕はどうも扱いの難しい女の子と知り合いになる運命らしい。

「知り合いですか?」と凛に詰め寄る。

「うん、こいつのカノジョ」と凛が僕と腕を組む。

 ちょっと、何言ってんの。

 離れろよ。

「え、そうなんですか」

「違うよ。真面目に受け取らないでよ。凛も変なこと言うなよ」と僕は腕をほどいた。

「じゃあ、何なんですか」

 凛がニヤニヤしている。

 何か新しいおもちゃを見つけたような顔だ。

「問題です。私は誰でしょう?」

 面倒なことになりそうだから僕は説明してやった。

「こちらは柳ヶ瀬凛。僕らはずっと一緒のクラスだったんだよ。カレシ持ちだよ」

「じゃあ、二股ですか」

 どうしたらそういう話になるんだよ。

「ねえ、朋樹、聞いた? あたし、二人の男を天秤にかけてもてあそぶ悪女だって。あたしのことそんなに美人だってほめてくれなくてもいいのに」

「いえ、そんなこと言ってませんから」

 もう朝から修羅場かよ。

 僕が二股できるイケメンならともかく、誰ともつきあってないのに、なんでこんなことに巻きこまれるのさ。

 あれ、『両手に幽霊』って何のことだっけ?

 頭が痛くなってきた。