二人は病院の窓から青く澄んだ冬空を見上げながら故郷のことを語り合う。

 月と星。

 可也山から眺める糸原の町。

 街を埋め尽くす桜の花。

「もう一度、二人で桜の写真を撮ろうよ」

「ああ、そうだな」

「全部見たい。もう一度一緒に見たいの。私をあの街に連れて帰って。お願いだから」

「春になったら、暖かくなったら行けるよ。きっと元気になって、糸原に帰れるよ」

 彼女はそっとつぶやく。

「春はまだ遠い先だね」

「冬来たりなば春遠からじ。春はもうすぐそこだよ」

 僕は約束するよ。

 もう二度と君を好きじゃないなんて言わない。

 君がどこにいようと僕は君に嘘をつかない。

 僕は君のことを忘れない。

 春はすぐそこだよ。

 もちろん女の子は死んでしまう。

 青汁のおかげで元気になるハッピーエンドなんてあるわけがない。

「私のこと、嫌いになってもいいよ」

「絶対にそんなこと言わないよ」

「好きな人を残して先に行くのは寂しいもの」

「人を好きになることは寂しいことじゃないよ」

 そして彼は自分の胸を指さして彼女に語りかける。

「君は僕の心の中にいる。消えたりなんかしないんだ。間違いなく、君はここにいるよ」

 最後に二人はお互いの名前を刻んだ消しゴムを交換する。

「これを私のお墓だと思ってね」

 彼女は彼の名前の刻まれた消しゴムを握りしめたまま納棺される。

 糸原に帰った男の子は満開の桜を見上げながら、彼女の名前の書かれた消しゴムを握りしめる。

「おかえり、奈津美」

 そして彼は空を見上げて最後にこうつぶやく。

「もう、恋なんてしない」