伯爵令妹の恋は憂鬱



「きゃっ」

「えっ?」

階段で足を滑らせ、マルティナはよろけた。引っ張られたミフェルは、反射的に手を離してしまったので、ますますバランスがとれず、背中から階段を転げ落ちそうになる。けれど、実際にマルティナはどこもぶつけることはなかった。トマスが駆け寄り、抱きとめてくれたからだ。

「危なかった……」

腕の中にマルティナをすっぽりと収めながら、トマスはふう、と大きく息をつく。そして、階段の上にいるミフェルに非難の目を向けた。

「ミフェル様。……お嬢様はドレス姿です。あなたと同じように走れるわけがない。エスコートされるならばそのあたり気を使っていただけませんか」

「……悪かったよ。咄嗟に手を離しちゃったのも、驚いただけなんだ。けど、使用人にそんなことを言われる筋合いはないよ。……マルティナ、ごめんね。さあ手を」

再び手を伸ばされるも、マルティナはその手を取る気にはなれない。
差し出された手を無視して、マルティナはトマスの腕を借りて立ち上がる。トマスがクッションになってくれたのでどこも痛くはない。それでも、トマスは心配そうにマルティナに怪我がないか気遣ってくれた。

ミフェルは少しバツが悪そうに肩をすくめたが、直ぐに気を取り直したようだ。

「……まあ、今のは僕が悪かったよ。ねぇ、マルティナ。衣裳部屋はどこ?」

ミフェルのことを怖いとは思うけれど彼はお客様だ。やはり無視するわけにはいかず、マルティナは気を取り直して顔をあげた。

「こちらです」