伯爵令妹の恋は憂鬱


だけど、溢れだしそうな思いが口から飛び出す前に、振り向いたトマスが、ゆっくりとやさしく腰に回されたマルティナの手を解いてしまった。一瞬で先ほどの衝動がしゅんとしぼんでいく。

「マルティナ様、誰にでもこんな風に抱き着いてはいけませんよ。お掛けになって待っていてください。すぐ飲み物を持ってきますから」

「トマス……」

いつもの優しい笑顔は、拒絶にしか思えなかった。椅子に座らされ、手のひらを膝の上にポンと戻されて、マルティナはやはり先ほどのダンスは夢に過ぎなかったのだと思い知る。一瞬湧きたった衝動も、今や見る影もないほど小さくなってしまった。

「……はい」

そのままトマスは部屋を出ていき、しばらくして顔を見せたのはローゼだ。
トマスが戻ってこなかったことに、マルティナはますます落胆する。

「マルティナ様。こんなところにおられたのですね。トマスさんから水を預かってきましたわ。大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫です。ちょっと疲れただけ」

「リタ様の衣裳部屋なんですね。あ、あの空色のドレス素敵ですねぇ。マルティナ様、きっとお似合いになるわ」

「似合わないよ。それに、これは私には着れない」

リタの思い出のドレスだ。嫌われていた自分が着ては、申し訳ない。
それにトマスに拒絶された後では、とてもじゃないけれど華やかに着飾ろうという気にもならなかった。

どうせ、トマスと踊るような未来は来ないのだ。だったら、どこにもいかなくていい。屋敷の中でただ邪魔にならないようにいさせてもらえばそれで十分だ。

「マルティナ様?」

心配そうなローゼに、マルティナは何とか笑顔を見せようと思った。だけど、作れたのはぎこちない微笑みだけだった。